本を知る。本で知る。

40代と50代の違いは「メンタル面の暴走」?読んで驚く一冊。

本を読んだら散歩に行こう

 両親と兄の死、認知症の義母の介護、双子の息子たちの受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍......。「想定外の人生、かたわらには、犬と本。」

 実兄の突然死をめぐる『兄の終い』、認知症の義母を描く『全員悪人』、壊れてしまった実家の家族について触れた『家族』。翻訳家・村井理子さんのエッセイが、刊行のたびに大反響を呼んでいる。

 本書『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)は、濃厚エピソード満載のエッセイ集&読書案内。ハプニング続きの、まるでドラマのような日々(人生)だ。魅力的な文章で綴られる40のエピソード、エピソードとリンクする40冊の読書案内を、一気に読めてしまう贅沢な1冊。

 「私と本は常に近い場所にいた。(中略)本は私が必要とするそのときまで、じっと動かず、静かにそこで待っていてくれる。人間は信用できない。信用できるのは、本、それから犬だけだ」

小学生の私が見た赤い色

 小学校から帰ってくると、畳の上にランドセルを放り投げる。母の本棚から、毎日1冊、選んでページをめくる。いつの間にか眠ってしまい、目が覚めると、窓から真っ赤な夕日が見えた。川、工場、漁港の屋根が、鮮やかな赤に染められていた。

 「その赤い色に心をもみくちゃにされるような気がして、いつも目をそらした。いつかこの赤い色のない場所に行こう。この苦しい赤い色から逃げよう。そればかりを考えた」

 バンバンバンバン! 真っ赤な空が薄いグレーに変わった頃、高校生の兄が改造した大型バイクで帰ってきた。そこでようやく、孤独から解放される。ほっとして、再びページをめくる。共働きの両親は、あまり家にいなかった。

 こうした環境で育った村井さんは、「本の世界に入り込むのが上手な子ども」から、今では「とにかく本だったら買って積んで読んでみる中年」になったという。

 それにしても、なんという臨場感。読みながら、真っ赤な夕日を見て、バイクのエンジン音を聞いた気がした。

私の心の小部屋には

 エピソードを2つ紹介しよう。まずは、「突然死した兄の汚部屋の饒舌さ」から。

 兄はアルコールに依存し、病気になり、治療を受けながらも断酒できず、亡くなったという。兄が住んでいたアパートのフロアを「一歩一歩、怖々と進んだあの日の記憶」を綴っている。

 「あまりの状況に、部屋ごと大きなごみ袋に入れて、きれいさっぱり捨て去ってしまいたいと考え、そのうち、笑えてきた。ハハハ、これは酷いね。最悪だ。まったくなんてことをしてくれたのだ」

 悲しみより怒りが募った。ただ、今となっては、兄を責める気にはなれない。村井さんのなかには「兄を思い出し、その最期を想像してつらくなるたびに行う儀式のようなもの」があり、それは心のなかで、清潔な雑巾を何十枚も用意し、汚れきったあの部屋を掃除することだという。

 「今もどこかで生きているように感じられる兄の、最期の日々の汚れを拭い去って、(中略)兄が見た最期の光景があの汚れた部屋ではなく、私が磨き上げた部屋なのだと記憶を上書きしていく。(中略)私の心の小部屋には、汚れを拭き去った雑巾が数百枚は積み上げられている。兄の部屋か私の心の小部屋か、どちらが汚部屋かわかったものではない」

初老の私が頭のなかで

 次は、打って変わって「四十代とは違う五十代の本当の恐ろしさ」。

 村井さんはここのところずっと、40代と50代の違いについて考え、「なぜこうも違うのか!?」と焦っているという。最近、自身を見つめ直して気づいたのは、50代で問題になるのは「メンタル面の暴走」なのでは、ということだった。

 様々なシチュエーションにおいて、ダメだとわかっているのに「平気で」暴走し、暴走し続けることを厭わない瞬間があるのだとか。

 「もういいや、最後まで行ってしまえと私を挑発する初老の私が頭のなかで常に座って緑茶を飲んでいるくらい、どっしり居座って動かない。どうせ中年だし、恥ずかしいなんて言ってられないわと投げやりになるところに、五十代の本当の恐ろしさがある」

 そんな話を息子の通う塾の塾長と話していたら、彼は言った。たとえば「俺って最高」など、「なにかひとつ、これというものを心に持っているのっていいですよ!」と。

 「確かにそうかもしれない。(中略)私もなにかひとつ、呪文を持つべきなのだろう。自分を見失わない呪文を」

 「初老の私が頭のなかで~」のくだりに笑ってしまったが、あまりにも硬軟自在で驚かされる。読みはじめて間もなく、もう完全に引き込まれた。出会ってしまった......! という本との衝撃の出会いをすることは時々あるが、本書はまさに、そんな1冊だった。

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■村井理子さんプロフィール

 翻訳家・エッセイスト。1970年静岡県生まれ。訳書に『ヘンテコピープルUSA――彼らが信じる奇妙な世界』(中央公論新社)、『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮文庫)、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)、『黄金州の殺人鬼――凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』『捕食者――全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』(亜紀書房)、『エデュケーション――大学は私の人生を変えた』(早川書房)、『イントゥ・ザ・プラネット』(新潮社)など。著書に『ブッシュ妄言録――ブッシュとおかしな仲間たち』(二見文庫)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き――おいしい簡単オーブン料理』(KADOKAWA)、『犬(きみ)がいるから』『犬ニモマケズ』『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『家族』(亜紀書房)がある。


※画像提供:集英社



 


  • 書名 本を読んだら散歩に行こう
  • 監修・編集・著者名村井 理子 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2022年6月29日
  • 定価1,650円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・232ページ
  • ISBN9784087880786

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