数々のメディアで活躍している、作家・翻訳家で博物学研究家の荒俣宏さんには、中学1年生のときに出合った「運命の本」がある。R・L・リプレーの奇談集、原題"Believe It or Not"だ。
1918年から新聞紙上で始まった、世界の珍妙な出来事を集めた"Believe It or Not"の連載は、当時絶大な人気を博した。連載はやがて世界各国350紙以上に及び、単行本は20カ国語に翻訳、40カ国で刊行された。リプレーはこのシリーズをもとにテレビ番組やラジオ番組を制作し、専門の博物館まで開設した。世界中のファンに支持されたこのシリーズに荒俣少年もいたく魅せられ、以後リプレーは荒俣さんの「師匠」となった。
"Believe It or Not"は『世界奇談集』として日本でも刊行されていたが、このたび改題・再編集され、『信じようと信じまいと』(河出書房新社)として復刊した。世界を熱狂させた「信じられそうもない真実」の世界を、少しだけ覗いてみよう。
〈足に耳あり〉
ケーチジッド(アメリカ産キリギリスの一種)の耳は、前足のさきにある。
〈偶然の一致〉
南アフリカ、ナタールの、グレイタウンに住むA・A・バイル夫人は、一九四一年ヨーロッパに出征中の軍隊――自分の息子をふくめた――慰問のため、百五十個のケーキを焼いた。ケーキを全部焼きおえたあと、指にはめていた結婚指輪がなくなっているのに気づいた。おそらくケーキをつくっているうちに、その中の一つにまぎれこんだにちがいない。しかしそれをさがすために、せっかくつくったケーキを一つ一つしらべるのもたいへんなので、そのことをしるした注意書を添えて、菓子はそのままヨーロッパの軍隊に送った。
そして、こともあろうに、バイル夫人の結婚指輪は息子のロニイ軍曹に渡されたケーキの中からでてきた。
〈五億クローネをもやした女〉
億万長者の未亡人マルシド・コヴァクス夫人は、遺産相続者の親族が彼女の愛猫を虐待したのを怒り、死の近いのを知ったとき、遺贈するはずの五億クローネの紙幣を全部焼棄して、そのうっぷんを晴らした。一九一七年三月のこと。詳細は当時のウィーン新聞を参照されたし。
〈頭蓋骨のボール〉
西アフリカのマタニ族のあいだで、ラグビー競技が行われたが、ボールには人間の頭蓋骨が用いられた。
〈森本氏の珍芸〉
日本人の森本氏は、自分の鼻を下唇で包むことができた。
〈一七九二年という名の人〉
一七九二年は年号でなく姓である。一七九二年家はフランスのクーロミエルに住み、四人の子どもは一七九二年一月、一七九二年二月、一七九二年三月、一七九二年四月と名づけられた。このうち三男の一七九二年三月は一九〇四年九月になくなった。
分量の都合上ごく短いもののみご紹介したが、長いものもあわせて198項目のエピソードが本書におさめられている。「人食いハマグリ」「在職中眠って過ごしたアメリカ大統領」「魚やカエルが天から降る」など、思わず誰かに話したくなる奇談が満載だ。今も世界のびっくりビデオや珍しいエピソードを紹介するバラエティ番組が数多いが、その先駆けといえる。
一見「うそだろ~?」と思うような話ばかりだが、リプレーのすぐれたところは出典や地名・人名などの詳細、実際に自分で見てきたものはその際のディテールを盛り込み、「そう言うなら本当なのか......」と思わせるところ。訳者の庄司浅水さんによる冒頭のリプレー紹介には、こんなふうに記してある。
人は通常「おまえは嘘つきだ」と言われて、心証を害さぬ者はほとんどあるまい。「しかし私だけは別だ。私はなんとも思わない」とリプレーは言う。それほど彼は自分の発表したものに自信をもっていた。
眉唾ものの都市伝説とは一線を画した本書。信じるか信じないかはあなた次第だ。
■R・L・リプレー
1893年アメリカ生まれ。ウソのような本当の話を求め世界201カ国を歴訪し、世界最大の読者を持つ漫画家となる。1949年没。
■庄司浅水(しょうじ・せんすい)
本名 喜蔵。1903年、仙台生まれ。共同印刷、凸版印刷等に務めた後、著述業に専念。『定本 庄司浅水著作集書誌篇』(全14巻)ほか著書多数。ミズノプリンティングミュージアム名誉館長。1991年没。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?