「宗教」と「性」の関係には、どんなイメージがあるだろうか。少し知識のある人なら、キリスト教で禁欲が説かれていたり、仏教の五戒(信者が守るべき規範)の中に「不邪淫戒(妻以外と性行為をしてはいけない)」があったりするなど、宗教は性をタブー視するイメージがあるかもしれない。
ところが、キリスト教以前の古代ギリシアやローマでは反対に、「性」に関して寛容だった。何しろギリシア神話の主神ゼウスは精力絶倫で、牡牛や白鳥に変身して王女を誘拐するのだ。ギリシア、ローマ、さらにアラブやエジプトやインドなど、あらゆる古代文明で、性的なモチーフのレリーフや壁画が残されている。
『禁断の美術でわかる宗教と性』(宝島社)は、宗教学者の島田裕巳さんが、あらゆる地域と時代の「宗教と性」を解説したムックだ。本誌に載っている"禁断の美術"はどれも刺激的すぎてここではお見せできないが、本文の解説を一部ご紹介したい。
古代ギリシアといえば、オリンピックの起源となったオリンピアの競技大会が有名だ。ギリシア各地からオリンピアに集まった競技選手たちは、実は全員全裸だった。その理由は諸説あるが、古代ギリシア人にとって男性器は恥ずかしいものではなく、快楽と豊穣の象徴であり、神聖なものだったのだといわれている。
古代ローマはさらに強烈だ。古代ローマの像、「ヘルマ柱型肖像」の画像を検索してみてほしい。四角い柱のてっぺんに首から上だけの像が彫られていて、他の体の部分は何も彫られていないのに、柱のちょうど中央あたりに、男性器だけがちょこんと彫られている。このインパクト大な像が、当時は家の広間に置かれていたというのだから衝撃だ。古代ローマの人にとって、男性器は顔とともにその人を表す"シンボル"だったのだ。
古代ギリシアで発祥しローマ時代まで続いた「バッカス祭」は、酒の神ディオニュソスを祀る乱交祭だった。古代ギリシア・ローマの人々は、日常で性の欲求を少しずつ解消するかわりに、祭という特別な場で思う存分「性」を楽しんだのだ。古代の「性」の奔放さがおわかりいただけただろうか。
古代の文化は各地域に限定されたものであったため、「性」に寛容でも、性的欲求が暴走して秩序を壊すおそれは少なかった。しかし、「世界宗教」になると話が変わってくる。どの地域でも同様に節度を保てるようにしなければならず、キリスト教や仏教などの「世界宗教」は、「性」に対して厳格になっていった。
「世界宗教」の中でも、イスラム教だけは特殊だ。ヒジャブや礼拝、豚肉の禁止など厳しいイメージがあるかもしれないが、イスラム教の戒律が他の宗教よりも厳しいという認識は必ずしも正しくなく、とりわけ「性」に関してはキリスト教や仏教よりも開放的なのだ。
その理由は、開祖ムハンマドが神の子ではなく、あくまでも神の言葉を伝える一人の人間だったことにある。ムハンマドは結婚しない者に対し、このようなことを言っている。
「私は誰よりも神を恐れ畏んでいるが、断食しては食べ、礼拝しては眠り、女を娶りもする」「この私の習わしを嫌う者は仲間ではない」
聖職者の結婚を禁止する動きのあったキリスト教とは、大きな違いがあることがわかる。
さらに、「性」を抑圧するイメージのあるヒジャブも、実際の意味は少し違う。ある日ムハンマドは美しい女性と出会って欲情したあと、家に帰って妻と性行為をした。そして友人に「女性を見て欲情したときは妻のところに行くように」と説いた。ヒジャブは、男性の性的な視線から女性を守るものなのだ。そして、女性たちは家庭で夫との「性」を謳歌した。
こういった世界の「宗教と性」に対して、日本の「性」文化はとても独特だ。巨大な男根をかたどった神輿が町を練り歩く、神奈川県川崎市の「かなまら祭」や愛知県小牧市の豊年祭。女犯を禁止されている僧侶がたしなんだ男色(そもそも仏教は「禁欲」の宗教なので、「相手が男ならよい」などという教えはない)。現代でもたびたびブームになる江戸の性文化の象徴・春画......。本誌で日本は"「性」のガラパゴス"と表現されている。古代ギリシア・ローマの奔放さにびっくりしていたあなた、日本人だって相当スゴいのだ。
世界各地、あらゆる地域と時代の「性」が、インパクト大のビジュアルとともに解説されている本誌。どんな美術作品や写真が載っているのか気になって手に取りたくなると思うが、読むときは周りの目に気をつけて。いや、いっそギリシア人の気分で見せて回ってもいいかも?
■島田裕巳(しまだ・ひろみ)さんプロフィール
1953年、東京都生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任し、現在は東京女子大学・東京通信大学非常勤講師。現代における日本、世界の宗教現象を幅広くテーマとし、盛んに著述活動を行っている。主な著書に『性(セックス)と宗教』(講談社)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『世界の宗教がざっくりわかる』(新潮社)などがある。
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