「ゲーム買うのやめるからさ、代わりにニワトリ飼わせて」――。
写真家・繁延(しげのぶ)あづささんの著書『ニワトリと卵と、息子の思春期』(婦人之友社)は、ゲームを買うことを反対された息子が放つ一言からはじまる、母の葛藤と親子の成長をつづったエッセイ。
一筋縄にはいかない養鶏、母子のいさかい、夫のリストラ、父子の関係性の変化......。思春期の息子がいる家庭の内側を目撃した気がした。
一家の日常、長崎の風景、家畜の写真が多数掲載されている。なかには目をそむけてしまうもの(捌いた状態など)もあったが、臨場感がすごい。
「『ゲームを買って』と言っていた長男が、代わりにほしいと言ったのは、なんとニワトリだった! 実現に向けて奔走する息子と、母の葛藤。親子が迎えた成長の季節に、ニワトリのいる新しい風景が加わった」
繁延家は2011年に東京から長崎に引っ越した。夫が仕事を辞めたがっていたり、地方で子育て(長男6歳、次男4歳)をしたい気持ちがあったりしたなかで、東日本大震災が起きた。これを機に移住を決めた。
明確な目的があったわけではなく、「なぜ長崎に移住したの?」と聞かれてもうまく答えられないという。
「ただ、漠然と"流れを変えたい"という気持ちがあのころあったような気がする。(中略)向かうべき方向もないままに、ただ"流れを変える"ために、それまでの生活を辞めたといったところ」
「どうせなら知らない土地にいきたいね」ということで九州を旅行し、独特な風景が印象に残った長崎を選んだ。ただ、仕事のアテがないなかでの移住だったといい、なんとも思い切りのいい夫婦である。
繁延家にはゲーム機がなく、「買って」と言われても取り合わなかった。それまではそれでなんとかやり過ごせていたが......。2017年夏、当時小6の長男が「納得できない!」と言い返した。
「状況は変わってない。変わったのは息子だった。これまで、"お母さんに同意されたい"という子どもの気持ちを、ずっと利用してきたことに気づかされた。そうした気持ちがなくなってしまえば、親の意向など何の効力もない。堂々とそこを突かれたことが、腹立たしくて、悔しくて、不安だった」
ところが翌日、長男はこう言った。「ゲーム買うのやめるからさ、その代わりニワトリ飼わせて」。あまりに突拍子もないが、彼は本気。手書きの<にわとり飼育計画書>には、<飼いたい理由 卵がとれるから>とあった。
長男の「養鶏熱」はぐんぐん高まり、自ら大家さんの許可を取りつけ、自宅前の空き地を借りる交渉までやった。そして養鶏農家から5羽分けてもらい、ニワトリとの暮らしがはじまった。
長男の行動力と吸収力は目を見張るものがある。繁延さんは「大人に教わる子どものような気持ち」でニワトリについて質問したという。
「幼いころは子に教え、成長とともに一緒に疑問を持ったり発見したりしたけれど、知識はだんだんと息子の方が上回ってきていた。そう考えると、急に自分の存在が宙に浮いたような感覚になった」
順調だった養鶏。ところが2018年夏、ニワトリがたて続けに2羽死んだ。瀕死の状態のニワトリを前に、このままじわじわと虫にたかられながら死なせるより「ひと思いに死なせてあげたい」と、長男も繁延さんも思った。
長男は覚悟を決め、台所から包丁を持ってきて、左手でニワトリの首をつかみ......。終わったあと、長男は言った。「生きてるってすごいことだね」。
命というものを、ここまで直に感じる機会はめったにない。大人でもいろいろ考えさせられるのだから、ましてや思春期の子どもなら、どれほど多くを学ぶことか。本書でニワトリのいる暮らしを疑似体験することは、きっといい刺激になるだろう。
「長男が親の言葉を聞かず、自分勝手にふるまいはじめ、もう家族はバラバラになってしまうのかと思ったこともあった。けれど、はからずもニワトリがやってきて、わが家にあたらしい風が吹きはじめた。それがいい風なのかはわからないが、バラバラにほどけていくのを、ふわりとした風でまだ包んでくれている」
■目次(抜粋)
序章 2017年 夏
第1章 ニワトリがやってきた
初めて出会う養鶏家/わが家のあたらしい風景/家庭内別居
第2章 ニワトリのいる日々
地域の人に卵を直配/お金が欲しい理由/人間と動物の間で
第3章 "食べ物"は"生き物"
猟師との出会い/ニワトリを捌く/命あるもの
第4章 家族、この儘ならぬもの
父親殺し/計画的家出/母親殺し/少し死ぬこと
■繁延あづささんプロフィール
写真家。兵庫県姫路市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。2011年に東京・中野から長崎県長崎市に引っ越し、夫、3人の子ども(現在高1の長男、中2の次男、小2の娘)と暮らす。雑誌や広告の撮影で活躍するかたわら、ライフワークである出産や狩猟に関する撮影や執筆にも取り組む。主な著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)がある。
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