「曲が書けないほど全力で書いちゃったよ......(涙)」。
またなにかやってくれそう。この方をお見かけするたびに好奇心がそそられる。サザンオールスターズのリーダー・桑田佳祐さんである。
本書『ポップス歌手の耐えられない軽さ』(文藝春秋)は、桑田さんが「マイクをペンに持ちかえて不埒に、真面目に、時に感傷的に」綴った全66篇"魂"のエッセイ。
「週刊文春」(2020年1月16日号~2021年5月6・13日合併号)の連載に大幅な加筆・推敲を施し、さらに秘蔵カットを掲載。発売前に重版が決定した注目の1冊だ。
書くことに全身全霊を懸けたこと、コロナ禍の鬱々とした気持ちが続いたことで、本業の作詞・作曲は滞ったものの、本連載から色々なものを学んだそうだ。
「今はもう逢えない人達や、忘れられない場所に立ち帰る事も出来た。そして、この何かと厄介なご時世に、大変ありがたい『発信の場所』を与えて頂いたと思っている」
これまで音楽のこと以外はほとんど語ってこなかった桑田さんが、自身の原点や現代の世相への思いを初めて明かしている。
故郷・茅ヶ崎の少年時代、家族の絆、サザンが結成された青山学院時代、プロレス愛にボウリング愛、「自主規制」がはびこる日本の現状への憂い、60代からの「人生の目標」、敬愛するミュージシャンへの賛歌、メンバーやスタッフへの感謝......。
「頭もアソコも元気なうちに、言いたいことを言っておきたい!」
桑田さんが「言葉」で残しておきたかったテーマを「全身全霊、縦横無尽、天衣無縫に」書き尽くしている。
桑田さんは現在65歳。「元気なうちに」とあるが、最近の調子はどうなのか。2010年にガンを患っていることを公表したが、予後は良好のようだ。「しかし、年齢(とし)も年齢(とし)なものでして」......。
「さすがに残された時間は少ないと、強く意識するようになってきました。後悔したくないから、やるならすぐ。何事にも貪欲でありたいと思うこの頃です」
桑田さんの歌詞は「茅ヶ崎」「エボシ岩」「江ノ島」などが出てきて、地元愛が感じられる。ただ、「アタシが小学生の頃なんざ、そりゃあウラ寂しいところでね。ウチの周りは海と松林、それに野っ原くらい」だったとか。
「『望郷の念』をちょいちょい歌詞の中に登場させては来ました。(中略)軸足はずっと生まれ故郷に置いたまんまだった」
桑田さんが小さい頃、父は映画館の雇われ支配人をしていた。小学校のすぐ近くで、放課後に立ち寄っては「モギリ」のおねぇさんや従業員さんとよく遊んだ。
当時の夢は野球選手で、昼間は原っぱにひとりバットを持ち出して小石を打った。両親は仕事で帰りが遅く、夜は姉と留守番。洋楽ポップスに狂っていた姉のレコードを聴いたり、深夜番組を観たりした。
「茅ヶ崎って街は、高度成長期と言えども、なんとなく空虚で不思議な風が吹いていた。(中略)ひとり遊びが好きで、人前に出ると明るぶったり、ついついええカッコしてしまう。(中略)茅ヶ崎の片隅で生まれ育った、自分の性分なんでしょうね」
すべてが縮こまりがちなご時世で、ここ数年「思考停止」している自身に「ちょいと危機感」を持っているという桑田さん。
「この道は、いつか来た道。前にも同(おんな)じような事を何度もやったなぁ......」。そんな思いで仕事をこなすことも。
「アタシに限らず、皆さんの日常だって、大抵同じ事の繰り返しではないか?? そう、それぞれの『マイ・ルーティン』で仕事や人生が成り立っている事は、すでに"わかっちゃいるけど、やめられない"ところであろう」
芸能界は刺激だらけでは? と思ったが、どんな環境でも「ルーティン」になれば飽きるのかもしれない。そこで桑田さんが考えたのは、「大きな結果」より「やりがい」や「ふれあい」を求めること。
「『前へ前へ』ばかりの日常を、少しだけ『横』や『斜め』に飛んでみるのも、たまにはイイんじゃないか?」
最後に「おそらく、一生音楽人宣言」をしている。病気、ケガ、コロナ禍など、先は読めない。「だったら尚更、ヤレるうちはヤラセて貰えばイイではないかと」――。
ゆるめるところとしめるところの、塩梅がいい。くだけた雰囲気の中にも芯が通っている。これぞ桑田ワールド。やはり、期待を裏切らない。
■桑田佳祐さんプロフィール
1956年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。日本の国民的ロックバンド「サザンオールスターズ」のリーダーであり、作詞・作曲、ボーカル、ギターを担当。78年にシングル「勝手にシンドバッド」でデビュー以来、記憶と記録に残る数々の作品を世に送り続け、現在までに55枚のシングルと15枚のアルバムを発表。2000年発表のシングル「TSUNAMI」は300万枚ものセールスを記録し、日本のロック・ポップス部門で歴代1位に輝く。1987年以降はソロ活動も精力的に行っており、40年以上にわたって日本の音楽界をリードし続けている。
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