「モテない僕の恋人は、白くて冷たい」――。
7年ぶりの小説『自転しながら公転する』で島清恋愛文学賞受賞、2021年本屋大賞ノミネートとなった山本文緒さん。このたび、久々となる短編集『ばにらさま』(文藝春秋)が刊行された。
タイトルと表紙に目を奪われる。どんな世界が繰り広げられているのか、想像がつかない。
帯には「痛くて、切なくて、引きずり込まれる! 6つの物語が照らしだす光と闇」とある。読んでみると、「日常の風景が一転」する瞬間を、今か今か......と1行1行進めていく緊張感と高揚感があった。
■著者メッセージ
「どの作品にも『え?!』と驚いて頂けるような仕掛けを用意しましたので、きっと楽しんで頂けると自負しております」
「仕掛け」は、読みながらうっすら想像していた前提をひっくり返すものだった。可愛らしい表紙も「仕掛け」の1つと言える。何かくる......と身構えて読んでいても、「え?!」と思わず声が出た。
■目次
「ばにらさま」
僕の初めての恋人は、バニラアイスみたいに白くて冷たい......。
「わたしは大丈夫」
夫と娘とともに爪に火をともすような倹約生活を送る私。
「菓子苑」
舞子は、浮き沈みの激しい胡桃に翻弄されるも、彼女を放って置けない。
「バヨリン心中」
余命短い祖母が語る、ヴァイオリンとポーランド人の青年をめぐる若き日の恋。
「20×20」
主婦から作家となった私。仕事場のマンションの隣人たちとの日々。
「子供おばさん」
中学の同級生の葬儀に出席した夕子。遺族から形見として託されたのは。
ここでは、タイトルが気になる人続出と思われる「ばにらさま」を紹介しよう。
僕には白い恋人がいる。彼女はバニラアイスクリームのように白い。どこもかしこもきらきらしていて、あか抜けている。ただ、時折ぼんやりと黙ってしまう。
「バニラさま」というのは、僕の友人がつけた彼女のあだ名。「甘く見せてこういう女は冷たいよ」と友人は言い、僕はこう言った。
「なんかね、やっぱり彼女冷たいんだよ(中略)あ、態度じゃなくてさ。むしろ言動は優しいんだ。いつもにこにこしてるしさ。そうじゃなくて体がね、触るとすごくひんやりしてんの」
いつの間にか彼女は、週末のデートのことを言い出さなくなっていた。そんなある日、「夕ご飯を食べにきませんか」とメールが届く。僕は彼女の部屋へ行き、一緒にすき焼きを食べた。
このあとのいい感じの展開を予想したところで、僕は置いてあったファッション誌を何気なく手に取ってめくった。すると、「僕は奇妙な感覚に襲われはじめた」――。
僕はどうしたのか。ここから先は書けないが、きらきらして見えた彼女の、これまで見えなかった部分が照らされる、と付け加えておきたい。
著者が本作を書こうと思ったのは、「閉店間際の駅ビルを無目的な白い顔でふらふらと歩いていた美人さんを見かけた時」。「彼女はどんな人なのだろう、どんな時に心から笑うのだろう......」と興味を持ったのだそう。
「ステレオタイプと呼ばれる女の子達にも、内面にはその人しか持つことのない叫びや希望があるはず。そんなことをテーマにこの小説集を作りました」
「仕掛け」の衝撃で言うと、個人的には「わたしは大丈夫」が最大だった。
「私」は専業主婦で、夫との間に2歳の娘がいる。事情は終盤まで明かされないが、かなり切り詰めた暮らしをしている。続いてもう1人の「私」が登場する。「私の恋人は妻のことを語るとき、ものすごく苦々しい顔をする」とはじまり、こちらの「私」は夫の愛人のようだが――。
最後にもう1つ、「バヨリン心中」も印象的だった。
時代は21世紀半ば。祖母は56年前の2009年のことを語り出した。当時30歳を目前に控えた祖母は、浜松のホテルで働いていた。
「年齢という階段を上がってゆくとテレビドラマのように何かエピソードが自然に展開してゆくのかと思っていました。でも一クール三カ月で終わる架空の物語と違って、実際は放っておくと何も変化は起こりませんでした」
ところが私はある時、宿泊客の中に「ひときわ目をひく男の子」を見つけた。彼はワルシャワの音楽大学の学生だった。2人の間に、まさかの「エピソード」が――。
著者は「闇と光が反転する快感を味わってください!」とも書いている。6作品それぞれの「え?!」を楽しんでほしい。
■山本文緒さんプロフィール
1962年神奈川県生まれ。OL生活を経て作家デビュー。99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞。今年『自転しながら公転する』が本屋大賞5位となり、同書で島清恋愛文学賞を受賞。著書に『ブルーもしくはブルー』『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『ファースト・プライオリティー』『日々是作文』『再婚生活 私のうつ闘病日記』『アカペラ』『なぎさ』など多数。
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