読書メーター読みたい本ランキング1位(2021年3月31日~4月6日)を獲得した寺地はるなさんの著書『声の在りか』(株式会社KADOKAWA)が、いよいよ5月24日に発売された。
いつの間にか自分の言葉を持っていない人間になってしまったひとりの女性が、自分の「声」を取り戻そうと奮闘し、成長していく姿を描いている。
帯に「共感度100%!」とあるが、これはオーバーではない。「自分のことが書かれてる?」とハッとする読者は少なくないはずだ。
「わたしの声、飲みこみ続けているうちにどこへ消えてしまったの――。魔法みたいに強い言葉は、いらない。わたしの"声"を、取り戻したい」
人口16万ほどの、どこにでもあるような地方都市。希和(きわ)はこの街で生まれた。
駅前の鐘音(かなと)ビル2階に「アフタースクール鐘」の看板が掲げられているのを、希和は最近見つけた。どうやら「鐘音家の次男」が関わっているらしい。鐘音家は代々医者の家系だが、次男は違った。
「鐘音家の次男、なにをはじめるつもりだろうね」。次男にはさまざまな噂があった。それらが「根も葉もないものであろう」と見当はついていたが、希和はわざわざ指摘したりはしない。
「自分はこの、開けているようで静かに閉じている街から出ることなく老いていき、そして死ぬ。先が見えている。希和はだから、(中略)波風は極力立てない」
希和の息子・晴基(はるき)は小学4年生。保護者懇談会の描写がリアルだ。
希和の席の正面に「ボスママ」的存在の岡野さんが座っている。岡野さんの両隣に陣取る母親2人は「従者」のようだった。「口もとに意味ありげな笑いが浮かんでいる」従者の視線が、ちらちらと希和の側に投げられている。
「あちら側とこちら側。ロの字にくっつけられた机の、あちら側に自分が座ることはきっとない、と希和は知っている」
「アフタースクール鐘」は民間学童だった。鐘音ビルの敷地内の木に、札のようなものがいくつか吊り下げられている。希和はその中に、晴基とそっくりの筆跡で書かれたものを見つけた。「こんなところにいたくない」――。
晴基は「アフタースクール鐘」に勝手に出入りしているのだろうか。スマホで動画を見ながら夕食をとる夫に相談しても、会話にすらならない。夫にも息子にも、言いたいことはたくさんあるのに。
「わたしの声、と思う。飲みこみ続けているうちに引っこんでしまって、とっさに出てこない。もう消えてしまったのかもしれない」
「鐘音家の次男」の名前は要(かなめ)という。ある日のパート帰り、希和は「アフタースクール鐘」の庭をのぞきこんでいた。「晴基がいるのかもしれない」と思ったのだ。すると、「お困りですか」と要に声をかけられた。
雨が降っているのに「傘がなくても濡れたら拭けばいいですから」、息子が出入りしていないかと訊いても「さあ」、セキュリティー的にどうなんですかと詰め寄っても「わりとゆるくやってるんで」と返してくる。
「鈍いのか超然としているのかわかりかねるこの目の前の男」に希和は苛立つ。別れ際、要はこう言った。
「いるかどうか自分の目で確かめたらどうですか?」
「あなたにもここが必要みたいだから」
「アフタースクール鐘」で「従業員募集」のはり紙を見かけた希和は、ここで働きはじめる。要は相変わらず「なにを考えているのかよくわからない男」だったが、要と接点を持ったことが希和の転機となる。
夫、息子、ママ友との関係の中で、希和はいつの間にか自分の言葉も考えも持たない人間になっていた。それがだんだん息苦しくなり、「消えてしまったかもしれない自分の声を取り戻したい」という「性急で、力強い衝動」に駆られた。
妻、母親、ママ友......それぞれの役割に自分をあてはめて過ごすうちに、本当の自分はどこにいるのかわからなくなる。それは誰にでもあることかもしれない。
最後に、「こんなふうに自分の中に軸を持てたら」と思った部分を引用したい。
「あちら側とこちら側。そんなもの、どうでもいい。くだらない。(中略)わたしが行きたい場所は、あなたの側じゃない」
「たったひとことで状況を一変させるような、魔法みたいな強い言葉は、きっとこの世にはない。それでも自分の言葉を持ちたい」
寺地さんならではのユーモア、日常の一場面の見事な再現力など、とにかく惹きこまれる。本書は、自分の「声」を取り戻したい人、「自分もそうかも」と気づいた人にエールを送る「大人の成長小説」。
■寺地はるなさんプロフィール
1977 年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014 年『ビオレタ』で第 4 回ポプラ社小説新人賞を受賞し、同作でデビュー。他の著書に、『大人は泣かないと思っていた』『夜が暗いとはかぎらない』『水を縫う』『どうしてわたしはあの子じゃないの』などがある。
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