500万部突破の世界的名著が復刊された。本書『ぼく自身のノオト』(創元社)である。
これは1970年、当時32歳の著者が綴った「青年期の心をめぐる、生き方を確立する方法をさがし求める心理エッセイ」。
「ぼくにはわかっている、ぼくの人生をよぎるこの不安とは、『こうあるべき自分』と、ありのままの自分との戦いなんだ」
この「個人の日記」は、現代の読者にも「青年の普遍的思索」として受け入れられるだろう。
著者のヒュー・プレイサー氏は、1938年米ダラス生まれ。作家、カウンセラー、メソジスト教会牧師。妻とともに、家庭におけるアルコール依存や虐待、また危機をむかえたカップルのためのカウンセリングに長年従事。2010年没。
訳者のきたやまおさむさんは、1946年淡路島生まれ。精神科医、臨床心理士、作詞家。65年京都府立医科大学在学中にザ・フォーク・クルセダーズ結成に参加し、67年デビュー。解散後は作詞家として活動。71年「戦争を知らない子供たち」で日本レコード大賞作詩賞を受賞。九州大学名誉教授、白鴎大学名誉教授。現在の主な仕事は精神分析。
本書の復刊に至るまでの経緯にふれておこう。
1970年、著者が32歳の時に執筆。当時はまったくの無名であり、これといった肩書きもなかった。初版は米ユタ州の小さな出版社から大した広告もせずに発表されたが、数年で百万部を売りつくした。
1976年、'Notes to Myself――My struggle to become a person'として出版され、その日本語訳として1979年、『ぼく自身のノオト』(人文書院)が出版される。
そして今年、当時の瑞々しい翻訳で新装復刻された。執筆から半世紀、日本語訳の出版から40年を経た復刊となる。
それにしても、なぜ復刊することになったのか? そこには編集者の熱烈な想いがあったようだ。『ぼく自身のノオト』(1979年刊)を古書店で手にして、一読。「復刊したい」と思ったという。
「1979年といえば、日本が高度経済成長から安定成長をむかえていた時期。本書の静的で内向的な思考と言葉は、感覚を先取りしすぎていたといっても過言ではなかったように思います。それが今、巣籠りを迫られ、自らの働き方や生き方を模索する機会も増え、まさに必要とされる時が来たように思います」
表紙のイラストが目を引く。子どもでもとっつきやすい本かと思い、油断していた。いざページをめくると、哲学的な文章が連なり、一度読んだだけでは評者の頭にはなかなか入ってこなかった。
本書は以下の構成。
ぼく自身のノオト
読者へ(一九七〇年七月 ニューメキシコ州 チャマにて ヒュー・プレイサー)
訳者あとがき(一九八〇年の少し手前で、夏 北山修)
訳者新装版あとがき(二〇二〇年十一月一〇日 きたやまおさむ)
訳者の「あとがき」を読んでから、「ぼく自身のノオト」に入ることをおすすめしたい。
「あとがき」には、本書の内容は小説でも詩集でもなく、「個人の日記の抜粋」とある。たしかに、他人が読むことを前提に書いたのだろうか? と思うようなことも書かれている。
著者は執筆の数年前まで学校のカウンセラーをしていたといい、「この書き手は哲学者でも文学者でもなく、『みんなと同じ平凡な人間』である」と書いている。
ところが、著者の人生は一冊の本になりそうなほど壮絶だった。
ニューヨーク・タイムズによれば、著者の両親に相当する人物は七人いて、なかには薬物中毒、アルコール中毒、精神病患者、殺人犯が含まれているという。著者自身は二十歳で大学中退、結婚、二十三歳で離婚......。
「注目したいのは、人生の具体的体験における特異性が、ただ違いをならべたてるだけでは『勲章』のようになってしまうことを嫌う彼の書き手としての性格である。まったく、うらやましくなるくらいに無理のない誠実さである」
半世紀前に書かれ、世界的名著となった「個人の日記」。最も記憶に残ったのはこれだ。
「目的に通じているはずの道など、さがしてもありはしない。ぼく自身がその道なのだ。すべてが自分自身からはじまった。そして、すべてが終わった時にぼくに残されているものも自分だけなのさ」
読んでいて、ずいぶんと繊細で思慮深い著者の人柄が伝わってきた。自身との対話と思われる、こんな一節も書いている。
「『君がいだいてしまった感情のために自分自身を責めてはいけないよ』
『非難されてもしかたがないような感情でもかい?』
『気にすることはないさ』
『だって、気になってしまうんだもの』
ぼくは自分が感じていることに感じやすく、それに対してまた感じてしまうのさ」
感じる・考えるの無限ループである。訳者のきたやまさんは「青年期とは旅立ちの時で、人はこれを自分探しの旅と呼んだ」と書いている。この「旅」は1970年も現代も変わらない、人類共通の経験なのだろう。
「感染症のおかげで現実の旅が難しくなった今、心の旅だけはどこに行かなくとも可能だ。本書はその心の旅日記の古典である」
本書をガイドブックにして、「心の旅」に出かけてみるのもいいかもしれない。
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