日本は将来どうなるのか。楽観論と悲観論がある。本書『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(株式会社KADOKAWA)は基本的に悲観論に立つ。しかし、「希望」はあるという。本書にその根拠と、絶望せずに希望を実現するための方策が示されている。日本の政治家や官僚、経済人、マスコミ関係者にとって大いに参考になりそうな一冊だ。
著者の加谷珪一さんは経済評論家。1993年東北大学卒業後、日経BP社に記者として入社。その後、野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、ニューズウィークなど多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターなどを務める。主な著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。
BOOKウォッチではすでに今年5月末刊の『貧乏国ニッポン』を紹介済みだ。「ますます転落する国でどう生きるか」という副題がついていた。日本はすでに「貧乏国」に転落しており、これからもっと大変になるかもしれない、コロナ禍は序章に過ぎないと手厳しい内容だった。なにしろ、日本人の実質賃金は過去30年間、ほとんど上昇していない。日本以外の先進国は1.3倍から1.5倍になっている。例えばスウェーデンは賃金が2.7倍になって、物価は1.7倍。日本は賃金が横ばいで、物価は1.1倍。その理由は簡単だ。「日本は国力が大幅に低下し、国際的な競争力を失っており、その結果が賃金にも反映されている」と様々な統計をもとに断言していた。
この本の内容が強烈だったので、改めて著者の最新刊である本書を手にしてみた。本書の場合は、「貧乏国ニッポン」の実態だけでなく、処方箋を提示しているところが新しい。
加谷さんが日本の将来を悲観する最大の根拠は少子化だ。2010年に1億2805万人だった日本の人口は微減へと転じている。30年には1億1912万人、40年には1億1091万人。その後、53年には1億人を割り、2100年には6000万人を下回る見通しだ。人口の減少は通常、GDPの減少に直結する。つまり日本のパワーがどんどん落ちていく。一方で、高齢化社会がさらに進んで社会保障費などの支出は減らない。現在の大学生が、働き盛りの50代になるころには、大変な世の中になっていることが容易に想像できる。
もう一つは、産業競争力の低下。これは日本企業が時代の変化についていけず、従来型の産業構造から脱却できていないことによる。全世界の輸出における日本のシェアは1980年代には8%を超えたこともあったが、2018年は3.7%にまで低下。現時点のトップはなんと中国で10.6%、2位は米国で10.0%、3位はドイツの7.5%。日本はとっくに輸出大国の座から滑り落ちている。
著者は日本の海外資産についても分析している。日本には「輸出大国」だった時代に蓄えた海外資産や、海外での現地生産による諸収入(投資収益)がたっぷりある。それによって経常収支の黒字を維持してきた。著者はそのことを認めつつ、製造業の場合、新興国がさらに安いコストで勝負してくるから、いずれ海外の現地法人からの収益も低下すると見る。
こうして日本の将来は、人口減と、産業競争力低下のダブルパンチで苦境に陥らざるを得なくなる。つまり「大国」から「小国」への転落が迫っている。
では何とか立て直す方法はないのか、というのが本書の主題となる。著者は「小国」でもそれなりに豊かな生活をしている国がいくつもあると読者を元気づける。そして、それらの「小国」を三つのカテゴリーに分類する。
ひとつは北欧に代表される超高収益製造業に特化した国、もう一つは香港やスイス、ルクセンブルクに代表される金融立国。そして最後はオーストラリアやニュージーランドといった消費立国だ。著者は、輸出依存からの脱却と、消費主導型経済への転換を主張する。これは、何も著者の発案というわけではない。実は1980年代から主張されている方策なのだという。当時は「日本アズ・ナンバーワン」だったから顧みられることがなかった。その結果として「失われた30年」になってしいまった。
消費立国とは、国内消費を活性化させて経済を回すということだ。そのための絶対条件として、賃上げが必要になる。しかし、賃上げは、企業の生産性が向上しない限りできない。生産性が同じで賃上げをすれば経営を圧迫する。本書は企業の生産性向上のためには、製造業の業界再編などの荒療治が必要だと考えている。日本ではすべての業界がメタボ体質になっていると手厳しい。
業界が再編されれば、人材の流動化は必然だ。そのためには、転職が可能になる高い能力を社会人に付与できるような再教育システムが必要だ。本書に「高等教育機関への25歳以上の入学者比率」の一覧表が出ている。日本はわずか2.5%だ。スイス、イスラエル、アイスランド、デンマーク、ニュージーランド、スウェーデンなどは25%を超えている。
再教育には資金が必要だが、国の財政は厳しい。著者は大企業に提供されている「租税特別措置」の見直しを求めている。年間1兆円以上の法人税が減税されているというのだ。政治利権にもなっているので改革は容易ではないが、そこから数千億円を転用すれば労働者のスキルアップに利用できると考えている。
本書は以下の構成。
第1章 日本は長期縮小フェーズに入った 第2章 戦後日本の本当の姿 第3章 小国が豊かになる方法 第4章 消費で経済を回す仕組み 第5章 コロナ危機は小国シフトを加速させる 第6章 小国として生きていくために
本書は戦後日本の経済成長をわかりやすく分析しながら、現状と未来について語っている。5章以降では、コロナ禍が日本の体質改革の一つのチャンスでもあることを語っている。IT化が促進され、これまでにやらなければならなかった改革が加速されるというのだ。「消費を軸に成長を実現する新しい経済システム」に移行できるかどうか――。企業にも労働者にも難易度は高い。しかし、日本は「欧米よりも生産性が低いという厳しい現実を受け止め、実質的な部分から改善していかなければ、豊かな消費社会を実現することはできません」。それは日本人の思考を変え、会社と個人の関係を変え、雇用や社会のあり方を変えることになるだろうと予測している。
このように本書は10年、20年後を見通しながら、辛口の提言をしている。現在、権力の座にある政治家や官僚、経済人にとってはありがたくない本だ。彼らは自分の任期における短期の成果のことしか考えていないからだ。「新しい国家像」を示そうとはしない。そういうことが繰り返され「失われた30年」になっている。仮にも将来、1000万人、2000万人という人口減を外国人で補うことになれば、日本社会の土台が揺らぐことになる。
BOOKウォッチでは関連書を多数紹介している。森永卓郎さんの『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書)は、「日米同盟」の名のもとに、長い時間をかけて日本がアメリカに叩き売られてきたと記す。野口悠紀雄さんの『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)は「大きな変化が起きていることに気づかなかったために取り残された」と見る。金子勝さんの『平成経済 衰退の本質』 (岩波新書)は、衰退の起源を1986年、91年の「日米半導体協定」だと指摘する。
『フィンランドは教師の育て方がすごい』(亜紀書房)や、『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』 (ポプラ新書)』は、小国のフィンランドがなぜ幸福度ランキングで世界一位なのかを解き明かしている。すでに40年前から教育改革を進めて国民の能力、生産性アップに力を入れていたことが報告されている。河合雅司さんのベストセラー『未来の年表――人口減少日本でこれから起きること』『未来の年表2』(講談社)なども紹介済みだ。
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