ようやく寒波が到来し、鍋が恋しくなった11月。本書『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』(祥伝社)のタイトルにひかれ、読み始めた。食を通して変わっていく人間関係、ほろ苦く、心に染み入る極上の食べものがたり6編を収めた短編集だ。
「ひと匙のはばたき」「かなしい食べもの」「ミックスミックスピザ」「ポタージュスープの海を越えて」「シュークリームタワーで待ち合わせ」「大きな鍋の歌」の6編からなる。表題作にあたるものはない。全体として食べものが人を力づける内容になっている。 食べ物や飲食店をテーマにした小説は多いが、連作の形をとるものが多い。店や主人公をあらかじめ設定し、そこに出入りする客のエピソードで目先を変えていく手法をとるのが定石だからだ。
本書は1編ごとに、まったく別のストーリーで構成している。なかなかの力業である。 著者の彩瀬まるさんは、1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で、第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞してデビュー。著書に『やがて海へと届く』(講談社)、『くちなし』(文藝春秋)、『さいはての家』(集英社)など。
6編の中からひとつ紹介しよう。「ひと匙のはばたき」は、伯父が経営するダイニングバーでアルバイトをしている乃嶋沙彩が主人公。有名大学を出て有名企業に入ったが、たった半年で辞め、引きこもり状態だった沙彩をバイトとして雇ってくれた上に、狩猟の手伝いを口実に外に連れ出したのは伯父の忠成だ。
秋口から美人が週に一度のペースで店にやってくるようになった。いつも少し疲れた顔で煮込みを一品頼み、ワインを二杯あける。
「ザワークラウトとベーコンのスープ、照り照りの肉じゃが、豚バラ肉と白菜の重ね鍋、白身魚と冬野菜のトマト煮、牛すじピリ辛煮」
鳥料理を一度も注文しないのを不思議に思った沙彩が尋ねると、鳥は食べられないということだった。
たまたま母の買い物につき合わされて行った百貨店の雑貨コーナーの店で美人と再会した。メイクをすすめる母と口論になった。スキンケアの商品の試供をしながら、「清水」の従業員バッジをつけた彼女は、こう言った。
「不登校とか、人間関係で躓いたとか、様々な事情で塞ぎ込んでいたり、容姿に悩みがあったり、そういうお子さんの気分転換になったらと連れてくるお母様は多いので。そんなのいや、いらない、なんてしょっちゅうです」
それから、店に来る回数が増えた清水さんは、自分のことをカウンター席で話すようになった。ある日、鳥撃ちに出かけた沙彩が清水さんに「鳥撃ち」と口にした瞬間、清水さんに異変が起きる。
2日後、店に来た清水さんは中学時代の話をする。クラスで孤立していた清水さんは、ある時、渡り鳥の群れを見て以来、変わったというのだ。自分は一人ではないと。そしてその日以来、一口も鳥肉を食べていないという。
そして、黒板のメニューを見て、鶏肉とセリのさっぱり煮を注文した。
「ずっと頼ってきたものを捨てるのは怖いでしょう。仕方ないですよ。たぶんそんな日のためにお酒とかおいしい食べものとか、こういう店はあるんです」
そう言って力づけた沙彩もまた、少し変わっていくのだった。
狩猟やジビエの話が効果的に使われている。
考えてみれば、食べものをテーマにした小説やエッセイほど難しいものはない。好き嫌いもあるし、食べものをおいしく描写するという、ほかのジャンルの小説にはない余計な一手間がいるからだ。
逆に言えば、そこがツボにはまれば成功したも同然だ。おいしい食べものを思い浮かべ、読者はストーリーに納得する。
BOOKウォッチでは、近藤史恵さんの「ジビエミステリ」と銘打った『みかんとひよどり』、(株式会社KADOKAWA)のほか、千早茜さんのエッセイ集『わるい食べもの』(ホーム社発行、集英社発売)、『ジビエの歴史』(原書房)、『アロハで猟師、はじめました』(河出書房新社)などを紹介済みだ。
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