尾崎世界観さんと共作の恋愛小説『犬も食わない』で話題になった千早茜さんが、初のエッセイ集『わるい食べもの』(ホーム社発行、集英社発売)を出した。
千早さんは、2008年に『魚神(いおがみ)』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー、同作で泉鏡花文学賞を受賞、『あとかた』で島清恋愛文学賞を受賞し、直木賞候補となった気鋭の作家。
北海道で生まれ育ち、小学生時代の大半をアフリカのザンビアで過ごし、大学進学以来、京都に20年近く住んでいるという経歴が、この食エッセイにも彩りを与えている。
たとえば「モンバサのウニ」。アフリカでは生食は厳禁。水も煮沸しないと飲めなかった。内陸のザンビアでは魚もあまり手に入らなかった。あるとき海のあるケニアのモンバサに家族旅行をした。青い海に潜った両親はウニを見つけると、岩場で殻を割り、「ああ、おいしい」「醤油を持ってくれば良かった」と夢中でほおばった。その様子に気がふれてしまったのだと思った、と書いている。後年見たゴヤの絵画『我が子を食らうサトゥルヌス』にそっくりだったと。「私は酒が飲めるようになるまで、生のウニは食べられなかった」というオチである。
「隠れ食い」は、日本に帰国して中高生の頃、おやつを自由に食べることが出来なくなった苦しさを綴っている。部活が終わって帰宅する時、肉屋で焼き鳥を買い、両手に持ってもりもり食べながら歩いたという。買い食いどころか歩き食べは母親が厳しく禁じていた。黙って見逃してくれた父親にいつか恩返ししなければ、と書いている。
食べもののエッセイは難しいと思う。文芸界でいえば、池波正太郎のグルメ関連本は何冊もあり定評がある。檀一雄も『檀流クッキング』などを残している。単にグルメぶりを自慢すれば馬鹿にされるし、盛り込むエピソードにもひねりが必要だ。厳しい水準が求められるのだ。そこにあえてなぜ参入するのか。朝日新聞の土曜日別刷り「be」に「作家の口福」という連載コラムがあるが、数回だからなんとか話が持つ。本書は千早さんがホーム社のWEBサイトに約40回連載したものをまとめたものだ。「わるい食べもの」とは決して自虐的なタイトルではない。食いしん坊の著者は、実にまっすぐに食べものに向かっている。
京都で料理人と結婚した彼女の家には、「グルメ雑誌、調理専門雑誌、各ジャンルの料理本、エッセイ、ノンフィクション、漫画、食品図鑑、調理用語辞典、食の文化史や狩猟に関するものなど壁一面に並んでいる」そうだ。だが、本書に登場するのは、「生きている卵」や「かぼちゃ団子」「おかかごはん」などである。でも、それらはおいしそうだ。食エッセイの新しいジャンルが誕生した。
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