本書『あとかた』は、遺したくない女「ほむら」、守ろうとする男「てがた」、消さなくてはいけない女「ゆびわ」、傷しか信じられない少女「やけど」、傷を恐れる少年「うろこ」、遺せなかった女「ねいろ」の連作短編集である。1つの作品に登場する人物が、別の作品にも何らかの関係で現れて、読者は同じ人物を主役・脇役の両面から知ることができる。
「結婚したってかたちを留めることなんてできない」と考える女は、結婚直前にも関わらず、ある男と関係を持つ。女は婚約者と離れると、「かたちからゆるゆると滲みだしてしまう」自分に気づく(「ほむら」)。
「ほむら」に登場する男が自殺した。それ以来、男の部下である木田の心には黒い手形が焼きついている。家族から目を背け、愛人との関係に逃げた上司に自分を重ねつつ、木田は妻との関係を修復しようとする(「てがた」)。
木田の妻・明美は、夫が不在の間に子を母に預け、若い男と関係を持つ。欲しかった「幸せのかたち」は手に入れたのに、夫や育児へのささいな不満や違和感を拭えず、明美は家庭の外に愛を求めている(「ゆびわ」)。
背中に深い傷を刻まれたサキは、「失せた記憶や心の傷より痕が残る方がずっといい」と考え、「目に見える愛のかたち」を求めながら、燃えるような痛みを抱えて生きようとする(「やけど」)。
サキを居候させている大学生の松本は、サキとの身体の関係は一切拒んできたが、傷つかないように守っていたサキとの距離を、少しずつ縮めようとする(「うろこ」)。
サキが慕う千影は、恋人である立川との子を流産したことも言えないまま、立川の帰りを待ち続ける。「水草くん」の言葉を聞き、千影は罪悪感で覆い隠していた想いを解放しようとする(「ねいろ」)。
本書は、人間関係や感情の「かたち」について、考えるきっかけを与えてくれる。変化を恐れず人と関われるようにと、背中を押す言葉が散りばめられている。全体を通して、薄っすらと暗い影の中に、ほのかな光が感じられる作品だ。
著者の千早茜は、1979年、北海道生まれ。幼少期をザンビアで過ごす。2008年、小説すばる新人賞を受賞した『魚神』でデビュー。2009年同作で泉鏡花賞を受賞。『あとかた』は、13年に新潮社から単行本として刊行され、16年には文庫化された。『あとかた』と14年刊行の『男ともだち』は直木賞候補になった。本書の解説をした作家の小池真理子氏は、「やっと『現代の恋愛』を深く正しく描写することのできる、真に力ある作家が現れた」と評価している。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?