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名門・麻布中学生が聞いたらビックリする話・・・

幕末武家の回想録

 明治維新はもともと「御一新」と呼ばれていたそうだ。すべてが「一新」されることになったからだ。本書『幕末武家の回想録』(角川ソフィア文庫)はその御一新で、あっという間に時代に取り残される格好になった「幕末武家」たちの回想録だ。大名から御家人まで、江戸時代の元武士たち約30人による回想を集めている。原著は1965(昭和40)年の刊行。このほど文庫化された。

「君家のために戦争をするのだ」

 私事で恐縮だが、評者のご先祖も、この御一新による転落組だったらしい。その歴史は細々と口述で伝わり、大昔、父親から断片的に聞いたことがある。何でも函館の五稜郭の戦いに参戦したとか。江戸に戻ったらすっかり状況が変わっていたという。その後、このご先祖は新時代に適応できず、ひねもす茶碗酒三昧。子どもたちは丁稚奉公に出なければならなくなり、相当の苦労をしたそうだ。

 もう何代も前のご先祖の話であり、戦後生まれの評者にはピンとこないが、本書を手に取ると、多少の実感がわくのではないかと思いながら読み始めてみた。

 ぱらぱらとめくっていて、まず気が付くのは御一新直前の緊迫ぶりだ。すでに内戦状態になっているから、生きるか死ぬか。守勢に立つ幕臣側は兵を募り、軍資金を集めようと走り回っている。血気にはやる遊撃隊の一派と山岡鉄舟のやり取りが出ている。

 山岡は幕臣で武術や書の達人。勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、徳川慶喜の使者として西郷と交渉、江戸無血開城の下ごしらえをした人物として知られる。

 何をするつもりかという山岡の詰問に、「私どもは君家のために戦争をするのだ」と頭に血が上っている武士たち。山岡は「慶喜公の御恭順の趣意に反する」「決して戦争などはしてはならぬ」と諭す。遊撃隊の連中のなかには「山岡を斬ってしまおう」という声も出たということを、その場にいた飯島半十郎という幕臣が語っている。

幕臣の「戦友会報」

 本書の単行本は、柴田宵曲という人が手掛けている。1887年東京生まれ。ホトトギス社で句集の編集に携わり、江戸学の祖・三田村鳶魚にまつわる編集作業で知られた。『子規全集』全15巻、『三田村鳶魚・江戸ばなし集成』全20巻などに携わったという。著書に『古句を観る』『評伝正岡子規』『明治の話題』『妖異博物館』『明治風物誌』『奇談異聞辞典』『柴田宵曲文集』全8巻など。1966年没。

 単行本の解題によると、明治20年代から30年代にかけて『江戸会誌』『同方会誌』『旧幕府』などという雑誌が次々と編集された。旧幕臣の聞き書きをまとめたり、彼らが自分で往時を回顧したりという内容だった。当時は「旧幕府史談会」なるものもあり、上野東照宮を会場として連月開催されていたという。戦後の「戦友会」のようなものかも知れない。忌憚のない思い出話を披露できる場があったということだ。本書はそれらに掲載された回顧談を取捨選択して、話題のバラエティーなどに配慮しながら単行本としてまとめたもの。貴重な体験談や、当時の感情がそのまま染み出ている。

要職に就いた人も多かった

 ・江戸城の開門・閉門のしきたり
 ・米公使を言い負かした弁舌の立つ老中
 ・悲惨な旧幕臣の静岡への移住
 ・薩英戦争真っ只中のイギリス軍艦に乗り合わせた日本人
 ・軍艦開陽丸を受け取りに行く途中インドネシアで難破した話・・・

 生活・習俗・規則などに関する話もあれば、薩英戦争や大政奉還のような大事件の裏話もある。当事者として居合わせた人々だからこそ明かせる貴重な話が大量に出てくる。今日の時代小説家のネタ本のような内容だ。

 登場する旧幕臣は案外、明治になって零落せずに、第二の人生で花を咲かせた人が多い。だからこそ回顧談を堂々と語れるのだろう。前述の飯島半十郎は文部省で教科書編集を担当し、『葛飾北斎伝』などの評伝も残している。

 江原直六という人も紹介しておこう。幕末は砲術教授などを務め、江戸城引き渡しの5日前、撤兵の連中が城中に集まり、和戦の議論をしたときも加わっている。その時の心境を次のように語っている。

 「今日は和戦などの議論をなす日ではなく、ただ戦うのみと思いましたゆえ、投票用紙に戦の一字を大きく書きました」

 かくして参戦したものの、官軍の砲撃で負傷。歩くことができないので、戸板に乗せられ百姓家に隠れる。いったん四谷の6畳一間の自宅に戻ったが、官軍に見つかると家族まで斬られるというので友人宅に潜伏、治療に専念したという。この人物が明治に入ると、静岡師範学校の校長を経て、麻布中学の初代校長になっている。さらには衆議院議員も務めたという。明治政府を支えたのは「元・賊軍」の俊英だったとしばしばいわれるが、その一人となっている。今の麻布中学生が聞いたらビックリの話だ。

 先の戦争に関しても、戦後に再び主要なポストに就いた元軍人もおれば、不遇をかこった人もいる。明治のころも恐らく同じだったのだろう。はっきりしているのは、評者のご先祖は不遇のままだったということだ。

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『榎本武揚と明治維新』(岩波ジュニア新書)は、五稜郭の戦いの頭目だったが、ずば抜けた能力によって明治政府でも重用された榎本武揚の話。『ある明治人の記録』(中公新書)は維新の敗者、会津藩士の五男・柴五郎(1859~1945)による回想録だ。会津戦争で祖母・母・兄嫁・姉妹は自刃した。幼かった五郎も青森県下北半島の火山灰地に移封される。「日々の糧にも窮し、伏するに褥(しとね)なく、耕すに鍬(くわ)なく、まことに乞食にも劣る有様にて、草の根を噛み、氷点下二十度の寒風に蓆(むしろ)を張りて生きながらえし辛酸の歳月」を強いられる。そんなどん底生活から、青森県庁給仕として拾われ、14歳の時、陸軍幼年学校に合格、軍人への道が開け、陸軍大将にまで上り詰める。よほどの俊英だったに違いない。このほか『徳川家が見た戦争』(岩波書店)、『明治大帝』(文藝春秋)なども紹介している。

  • 書名 幕末武家の回想録
  • 監修・編集・著者名柴田宵曲 編
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年10月25日
  • 定価本体1320円+税
  • 判型・ページ数文庫判・576ページ
  • ISBN9784044006006
 

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