明治天皇(1852~1912)に関する本は少なくないが、本書『明治大帝』(文藝春秋)のように「大帝」と名付けたものは珍しい。
著者の京都大名誉教授の飛鳥井雅道(1934~2000)さんは「大帝」とした理由から書き始める。
「近代史のなかで、いや日本史のなかで、この天皇以外に大帝はいないからである。明治天皇は大帝たる足跡を確実に残した。われわれは事実から出発せねばならない」
こう書くと、何やら神がかり的な感じがしないでもないが、著者の飛鳥井さんはちょっと違う。巻末の解説で国際日本文化研究センター教授のジョン・ブリーンさんが出自などをもとに、そのあたりを説明している。
そもそも飛鳥井家は旧公家であり、父は伯爵で宮内省京都事務所長を経て東京大神宮の宮司。弟は宮内庁の掌典職を経て神武天皇を祀る橿原神宮の宮司などを務めていた。飛鳥井さん自身は左翼思想の敷設した道を選び、左翼的知識人として成人期を過ごし、京都大人文研で、フランス文学から日本思想史・文化史まで幅広い知的関心を抱いて、やがて天皇研究に没頭した。つまり天皇に親近感を抱く家系に育ったが、自身の思想としては天皇制をシニカルに眺める立場も経験し、天皇との関係で両面性を備えていたというわけだ。それが類書の著者とは異なる、飛鳥井さんのユニークなところとなっている。
「(飛鳥井)雅道は、公家出自ながらその家柄に背を向け、左翼的知識人に変貌した。左翼的視角から明治天皇伝に挑みつつ、明治天皇に惚れこんだ。しかし、天皇制に対する批判的姿勢を崩すことはなかった」というわけである。
本書は1989年に単行本として刊行され、昨年末、明治維新150年ということもあって文庫化された。全体は5章に分かれ、幼少期から王政復古、一等国への道などについて順次述べられている。10代で即位し、在位45年間で「大帝」となっていく明治天皇。この間に日本は明らかにアジアの大国となり、列強の仲間入りをした。それはなぜ可能だったのか。その過程で天皇はどんな役割を果たしたのか。
俗耳に興味深いのは、天皇の身辺のことだろう。8歳から習字が始まり、手本は和歌。読書は『孝経』、『大学』、『中庸』と進んだ。習字は毎日20枚つづりの草紙2冊を書く。できないと昼御飯も食べさせてもらえない。長じての食事は、臣下との陪食や外国人とは原則として洋食だったが、それ以外は和食。大酒豪で、好みは灘の酒。好物の果物はバナナで、新宿御苑で特別栽培されていた。菓子はカステラと蒸し羊羹。10時半過ぎには寝室に入るが、灯火は蝋燭。電気設備はなかった。天皇の一人称は「朕」ではなく、普通は主格なしの発言、稀に「自分」だった、などなど。
明治天皇についての名著とされているだけあって、内容はなかなか高度であり、いわゆる教科書的な事象は自明のこととして話が進む。したがって一定以上の知識を持つ人向けと言える。伊藤博文が、「皇太子に生まれるのは、全く不運なことだ・・・大きくなれば、側近者の吹く笛に踊らされなければならない」などと大胆な発言をしていたことも紹介されている。そのとき伊藤は、自分で操り人形を糸で踊らせるような身振りもしていたそうだ。
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