16世紀のフランスの文人モンテーニュの『エセー』もしくは『随想録』と呼ばれる著作は、人間そのものを率直に記述しようとしたもので、107の随筆からなる。人間の叡智を追求しようとする、そのリベラルな哲学と教育理念は、いまもフランスのみならず西欧諸国の教育方針の土台にあり、影響力を保っているという。本書『モンテーニュの書斎』(講談社)は、プルーストなどフランス文学の研究で名高い保苅瑞穂氏(東大名誉教授)が、『エセー』の成り立ちから主要テーマを解説したものだが、保苅氏自身の「エセー」とでも言うべきものになっており、滋味深い内容と格調高い文章が評価され、第69回読売文学賞を受賞した。
『エセー』と聞くと、のんびりパイプでもふかしながら書かれたような印象を受けるが、本書を読み、乱世を生きぬいたモンテーニュの生涯が反映されていることを知った。彼が生きたのはペストが猛威をふるい宗教戦争があったさなかであり、国王の臣下として多くの不条理な死を目撃したのだ。引退後に領地の城の塔にある書斎にこもって書き始めたのは、鬱病の危機から逃れるためだったという。他人の文章を寄せ集めることから始まったが、すぐにタネがつき、自分自身を本の材料にしたのが『エセー』の画期となった。フランス語で「試み」や「企て」という意味の「エセー」はモンテーニュによって「随筆」という文学ジャンルになったという。
人との交わり、教育、健康、恋愛、友情、読書、老い、病気、死などの項目があるが、ここでは「本との付き合い」について触れよう。多くの本からの引用がある『エセー』だが、後世の研究者によると、蔵書はせいぜい270冊程度だったと推定される。保苅氏も本の数ではなく、再読に耐える本があることが喜びだとし、「百冊の新刊書を積まれても、古馴染の本一冊に遠くおよばないのである」と書いている。新刊紹介を旨とする当欄としては耳が痛いが、これら新刊の中からなじみになる一冊を見出してほしいと願うばかりだ。
ところで「エセー」という言葉にこだわった日本の思想家がいる。さきごろ(2018年1月21日)自ら命を絶った西部邁氏だ。西部氏は自分の著作はすべて「エセー」であり、自らの生き方が反映されなければならないし、著作はテストの解答のようなものだと記していた(『保守の真髄』、『保守の遺言』)。「エセー」を書くのも命がけなのである。
モンテーニュの『エセー』は、岩波文庫のほか、白水社、国書刊行会、中公クラシックス、みすず書房から出ている。本書は最良のガイドとして役立つだろう。
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