著者のジョン・ボルトン氏はアメリカ・トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めた元高官。「機密情報が含まれている」として政権が出版阻止に動いたが、結局、裁判所の判断で出版されることになった。本書『ジョン・ボルトン回顧録』(朝日新聞出版)は2018年4月から2019年9月までを大統領補佐官として在任した453日間を赤裸々に描き出している。本文は二段組みで584ページ。その分量に圧倒されるが読み始めると内容はわかりやすく面白い。トランプ政権がなぜ懸命になって出版阻止に動いたかも理解できる。
ジャーナリストの池上彰氏の要領の良い解説が巻末にある。分量にひるむ読者はここから読み始めてもいいだろう。「ドナルド・トランプ政権がどのように運営され、外交課題がどのように決められているかを知りたければ、この本は必読書だ」。トランプ政権についてはこれまで何冊もの「暴露本」ともいえる書物が出版されている。しかし、本書はその内容の深さや記述の緻密さで類書の追随を許さない。それは著者がアメリカ政府の国家安全保障の責任者として大統領とともに行動・助言し、その判断や政策の内容をすべて把握していたからである。
出版の差し止めが不可能と知ると、トランプ氏は「彼はウソつきだ」「ホワイトハウスの誰もがボルトンを嫌っていた」などとツィートしたが、そのツィートが自らにはね返ってくることを大統領自身がまったく理解していないこともよくわかる。
このころ世界を騒がせていたのはシンガポールで開かれたトランプ氏と北朝鮮の独裁者金正恩氏との第一回米朝首脳会談(2018年6月12日)だが、この首脳会談にいかにトランプ氏が前のめりになり、周囲がそれを翻意させようと懸命になっていたかも理解できる。トランプ氏はなぜか独裁的な傾向を持つ外国指導者を好み、そうした相手と一対一で話せるのは自分だけだと過剰な自信を持っているようだ。周囲が事前ブリーフィングで情報を提供しようとしても、ブリーフィング自体を好まず、ましてや周囲の振り付けにはまったく従わない。まるで大きな駄々っ子を思わせる大統領の実像が余すところなく描き出されている。
ボルトン氏はブッシュ(子)の共和党政権で国務次官や国連大使に起用された外交や安全保障の専門家だ。それだけにこの大統領を何とかアメリカ外交の軌道に乗せようと、ポンペオ国務長官ら政権高官と必死に画策するがそのほとんどは功を奏さない。気まぐれな大統領はその日の気分で前言を翻してしまうし、思いもかけない行動にも出る。著者はそれをこれまで公務についたことがなくニューヨークの不動産業で頭角を現したトランプ氏の経歴や独善的な性格が大きく影響していると見ている。
トランプ氏は自分が注目され、大統領の再選につながることが何よりも最優先だという。2018年12月にはアルゼンチンのブエノスアイレスでG20サミットが開かれ、その場を利用して、米中首脳会談がワーキングディナーの形式で開催された。ここで中国の習近平主席は「トランプのことを何とすばらしい人物かと大げさに褒め上げて会談がスタートした。習近平は終始メモ用紙に目をやっていたので、発言のすべてがこの首脳会談のために考え抜かれたものであることは、疑いの余地がなかった。これに対して、こちらの大統領はすべてを即興でこなし、次の瞬間何を言い出すのか、米国側は誰一人として知らなかった」。
各国首脳のなかで、安倍晋三前首相はトランプ氏と親しかったことで知られているが、その安倍氏も2018年6月にはG7サミットでのカナダ訪問の直前、ワシントンに立ち寄って、シンガポールでの第一回米朝首脳会談で安易な妥協をしないようトランプ氏に求めている。不仲だったドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領とは異なり、トランプ氏は安倍氏の意見にはよく耳を傾けていたようだ。
評者が興味深く感じたのはアメリカ政府の元高官が在任中の記録を出版しようとするときに事前の厳しい検閲制度があることだ。本書も事前検閲を受けたため出版が予定より遅れ、一部は削除されたり、表現を変えたりしたことが記されている。著者には事前検閲を受けてでも回顧録を出版したいという強い意志があったのだろう。
ボルトン氏はトランプ政権を酷評しながらも、自分が政権の高官(国務長官か国家安全保障担当大統領補佐官のポスト)につきたかったという自分の野心を隠していない。
さらにどの会議に誰が出席し、どう発言していたかという記述の詳細さにも驚く。おそらく毎日、備忘録をつけて、それをもとに執筆したのだろう。こうした記録の重要性については日本政府の高官も見習うべきだ。
著者は共和党の中でもタカ派の人物として知られているが、そうした人物が現在の国際情勢をどう見ているか、また日本を含め各国とアメリカとの外交がどういう形で進められているかを知るうえで非常に興味深い。ボルトン氏の在任中、日本のカウンターパートは前国家安全保障局長の谷内正太郎氏だったが、こうしたポストにいる人物は、世界のどこでも何か大きな問題が起きれば各国のカウンターパートとほとんど24時間連絡を取り合って情報交換していることがわかる。訳文は読みやすくわかりやすいし、著者の誤記と思われる事実については丁寧な注記もされていて親切だ。すべてを読み通すのでなく、興味のあるところを拾い読みするだけでも有益な情報が得られるはずだ。それにしても大統領一期目の言動すべてが大統領再選に向いていたというトランプ氏の再選はあるのだろうか?
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