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戦前の中国には「日本人売春婦」が1万5000人もいた!?

従軍慰安婦と公娼制度

 タイトルから想像した内容とは違ったが、興味深い本だった。『従軍慰安婦と公娼制度――従軍慰安婦問題再論』(共栄書房)。いわゆる従軍慰安婦問題を正面から扱っているのかと思ったら、そうではなかった。明治期から戦前までの海外における「日本人売春婦」の問題が軸になっている。たまたま同社の別の本を調べていて見つけた。10年前の刊行だが、あまり見慣れない情報やデータが掲載されていて、新鮮な驚きがあった。

「阿片」や「からゆきさん」

 著者の倉橋正直さんは1943年生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程(東洋史学)修了。愛知県立大学名誉教授。

 著書に『日本の阿片戦略――隠された国家犯罪』『阿片帝国・日本』『日本の阿片王――二反長音蔵とその時代』など阿片関係のほか、『北のからゆきさん』『島原のからゆきさん 奇僧・広田言証と大師堂』などがある。すでに1994年に『従軍慰安婦問題の歴史的研究 売春婦型と性的奴隷型』を出版し、本書はそれをもとに「再論」として2010年に改めて出版されたものだ。

 「阿片」や「からゆきさん」という著書からもわかるように、倉橋さんは近現代史のいわば闇の部分を主として研究している学者だ。ただし、何かを告発するというのではなく、新しい史料を探し出して淡々と論じる姿勢だ。特に政治的な色あいは感じられない。

 本書は以下の構成。

 第1章 中国戦線に形成された日本人町―従軍慰安婦問題再論
 第2章 駐留部隊と在留日本人商人との「共生」―満州国熱河省凌源県城の事例
 第3章 近代日本の公娼制度
 第4章 満州の酌婦は内地の娼妓
 第5章 密航婦「虐殺」事件と多田亀吉
 第6章 大連の人喰い虎の伝説
 第7章 「からゆきさん」のこと―私の研究成果から

在留女性の半数は売春婦

 この中で興味深かったのは第1章だ。日中戦争で日本は中国に約200の「日本人町」をつくり、そこに約1万5000人の「日本人売春婦」がいたというのだ。余り知られていないデータを掘り起こしている。

 本書の表紙が、その象徴的な写真といえそうだ。着物姿の若い女性が徒歩でどこかに向かっている。その後方に日本の兵隊さん。本のタイトルで隠れている部分には「大阪寿し」という店の看板が掲げられている。「なべ」「親子丼」などという文字も読める。戦時中の、日本のどこかのありふれた光景のように思える。

 ところがこの写真は国外、それも中国・江西省九江で撮影されたものなのだという。1940(昭和15)年1月19日の大阪朝日新聞に掲載されていた。その時のキャプションは「目貫通りの大仲路に見る大阪色」。お正月に中国・九江の繁華街(大仲路)の「大阪寿し」という店の前を若い娘二人が着飾って歩いている写真なのだ。

 ではこの若い女性たちは何者なのか。「彼女たちは、まぎれもなく日本軍の兵士を相手にする売春婦だった」と倉橋さん。

 九江は揚子江に面した前線の街。軍事物資の集積地として、多くの日本軍兵士が駐屯していた。外務省は当時、外地の職業別人口を調査し、記録していた。それによると、九江に住んでいた日本人は2467人。うち女性が1125人。本書によれば、その中で売春婦がなんと568人。半数を占めていた。驚きの数字だ。

内地で職を失った女性たち

 本書によると、日本の中国進出・日中戦争に伴い、中国のあちこちに日本人町が形成された。日本が占領・支配した地域では、敵対する中国人と雑居が難しく、日本人だけの町をつくる必要があった。1941年4月時点で中国在留日本人は40.2万人(朝鮮人・台湾人は含まず)。1か所で100人以上の日本人がほぼまとまって住む日本人町は187か所もあった。

 大きな日本人町には風呂屋、葬儀屋、美容院、産婆、畳屋、おでん屋など内地なみに何でもあった。中でも際立ったのが、料理店、飲食店、カフェーのたぐいだった。これらの多くは表の看板の商売だけでなく、裏は売春の場所でもあった。

 上述の職業別人口調査によると、中国における「芸妓、娼妓、酌婦其他」は1936年の段階で2527人、翌年から日中戦争がはじまり、40年には1万5041人に急増している。主として中国戦線に展開していた約100万人の日本軍が顧客だった。

 急増の一因として倉橋さんは、内地経済の統制強化を挙げている。不要不急の業種は強制的に廃業を強いられた。40年には東京だけで約1万5000人の特殊飲食店従業員が職を失ったという。彼女たちの一部が中国戦線に向かったというわけだ。

 倉橋さんによると、日本では芸妓は高級売春婦。娼妓は公娼制度下の売春婦で、前借金で縛られ、廃業の自由がない。酌婦はいわゆる私娼だという。当時の「売春婦」はおおむねこの3種に区分けされ、さらにその下に「女給」がいた。

 1938年の山西省太原での具体的な人数も出ている。「支那事変前の前は、日本人はたった1人、満鉄社員がいただけだったが、今では290人。そのうち30人は芸妓、60人は酌婦、40人は女給で計130人、なおその中には半島人酌婦53人、女給1人」。これは当時、廃娼運動に取り組んでいた宗教団体による調査報告だ。

日本の公娼制度は特殊なシステム

 倉橋さんによれば、中国では内地と同じような「遊郭」はつくられなかった。その理由は単純で、国際的な評判を気にしたからだという。

 第3章「近代日本の公娼制度」によれば、日本の公娼制度は世界的に見ても「類のない」特殊なシステムだったという。娼妓には事実上、廃業の自由や居住の自由がなく、前借金で縛られ、著しく人権が蹂躙されていた。公娼制度は中国、朝鮮、東南アジアにはなく、ヨーロッパでは性病予防のための管理にとどまっていた。したがって国際的には極めて恥ずかしいシステムであり、その場所が遊郭だった。明治初期、日本の「遊女」のシステムが「奴隷制度」だとして海外から批判され、明治政府が「娼妓解放令」を公布したが、実態は大きくは変わらなかった。

 内地と違って中国では世界の目に触れる。そこで中国の日本人町では、遊郭業者は旅館、料理、貸席及び芸妓業などに形を変え、娼妓は酌婦の扱いになっていた。店の看板を見ただけでは、直ちに売春に関係していることがわからない。

 倉橋さんは、日本人町のこうした場所で働いていた女性たちも広義の「従軍慰安婦」と規定している。そして慰安婦にはこのような「売春型」と、「性奴隷型」があったと見る。

 本書の11ページには「従軍慰安婦の変化」という図が掲載されている。1940年ごろまでは「売春婦型」のみだが、40年以降になって「性的奴隷型」が登場している。

 この図から読み取れるのは、「売春型」と「性奴隷型」はいわば地続きだということ。日本が伝統的に、「公娼制度」という国際的に見て異様な売春システムを抱えていたことが、「性奴隷型」の土壌になったのではないか、と推測できる。

 本書では、「売春型」に関する女衒(人買い業者)の手口が紹介されている。日本で若い娘たちに「満州へ行って酌婦をやれば、よい金になる」と声をかける。娘たちは大連に着いて初めて、満州の酌婦は女郎のことだと知り震えあがる――そうした事件が大正時代からあったという。

戦前の日本は76人に1人が売春女性

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介している。紀田順一郎さんの『東京の下層社会』(ちくま学芸文庫)によると、大正末期から昭和初期、全国で売春業に関わる女性は約15万人。15歳から35歳までの女性の76人に1人が関係していたという。今の私たちが思う以上に多いといえる。当時、娼婦になった女性の88%は「家の困窮を救うため」だったという。

 『戦後日本の〈帝国〉経験』(青弓社)によると、明治維新後に初めて旅券を持って海外に出かけた女性は、1871年の津田梅子ではない。実は68(明治元)年に早くも日本から上海に行った女性たちがいるという。それは、長崎在留のフランス、イギリス、清国の男性に同行した長崎の遊女たちだ。国家が外国人優遇策として、なじみの遊女を同行させたと見ている。

 同書では、日中戦争時につくられた軍の慰安所についても言及されている。1932年の第一次上海事変で海軍慰安所が現地に開設され、同年末には17軒あった。40年には陸軍慰安所が9軒、貸席が4軒という記録が掲載されている。何百人もの「酌婦」らが働き、その中には朝鮮人もいた。

 いわゆる従軍慰安婦問題については『文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行』(論創社)が詳しい。「強制連行」について多数の日本側関係者の証言がある。「中国の陸軍直轄の喫茶店や食堂で働くという話だった。来てみたら違った。仕事は慰安婦だった」などの話が出てくる。憲兵隊曹長が朝鮮人慰安婦の少女たちから聞いた話だ。「この少女らに売春をさせるのか、その心境を考えるとき、戦場の恥部をまざまざと見せつけられたような気がした」と書き残している。

 『軍事機密費』(岩波書店)には、「(満州では)陸軍の軍人はとても腐敗していました。毎日酒を飲み、料理屋はいつも日本軍の将校でいっぱいでした・・・上は将軍から下は少尉まで、女をめぐって争っていました。将軍と大尉が、一人の女を巡ってライバルという状態でした」という元内閣書記官長の証言が掲載されている。

 『芸者と遊廓』(青史出版)によると、朝鮮には併合直前の明治42年段階で早くも芸妓1055人、娼妓641人、酌婦2229人が「進出」していた。実情を知らずに連れてこられた女性と楼主との間でしばしば紛議も発生していたという。戦前の「平壌の妓生学校」では日本の歌舞も教えていたそうだ。このほか、『出島遊女と阿蘭陀通詞――日蘭交流の陰の立役者』(勉誠出版)、『妓生(キーセン)――「もの言う花」の文化誌』(作品社)などにも初耳のような話が取り上げられている。

 『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)によれば、日本は満州国のみにとどまらず、中国各地に多数の「傀儡政権」をつくり、支配エリアを広げた。『阿片帝国日本と朝鮮人』(岩波書店)なども含めて、戦前の中国大陸で日本がやっていた現在の常識では考えられないような話が登場する。

  

 


  • 書名 従軍慰安婦と公娼制度
  • サブタイトル従軍慰安婦問題再論
  • 監修・編集・著者名倉橋正直 著
  • 出版社名 共栄書房
  • 出版年月日2010年8月 1日
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数四六判・226ページ
  • ISBN9784763410405

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