秋の味覚の代表と言われるサンマ。しかし、2019年の全国のサンマの水揚げ量は前年より66%減少し、半世紀ぶりに過去最低を更新した。今年(2020年)も魚影は薄い。北海道・厚岸市場で8月24日に初競りにかけられた道東沖棒受け網漁のサンマの浜値は、高値で前年の4.7倍となる1キロ1万1880円となり、この時期としては異例の値がついた。
なぜサンマは減ったのか? 資源量の減少や中国や台湾の漁船による公海域での乱獲が原因という指摘もある。本書『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)を読み、サンマに限らず日本の豊富な海産物が、海の温暖化と酸性化という二つの危機によって大きく変化しつつあることを知った。
著者の山本智之さんは科学ジャーナリスト。朝日新聞記者として約20年間、科学報道に従事。水産庁の漁業調査船「開洋丸」に乗船して南極海で潜水取材を行うなど「海洋」をテーマに取材を続けている。朝日新聞大阪本社科学医療部次長などを経て2020年から朝日学生新聞社編集委員。著書に『海洋大異変――日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版)がある。
本書にも出てくるが、沖縄のサンゴ礁の現状を調査するため研究者と共同調査するなど、従来の科学記者の枠を超えた行動力がある人のようだ。科学調査への同行を含めて国内外の潜水経験は500回以上。本書に掲載されている海の生き物の写真の多くは山本さんが撮影したものだ。
日本近海の平均海面水温は、100年あたり約1.1度と、世界平均を上回るペースで確実に上昇しているという。暖かい海の魚であるサワラが日本海で大量に漁獲されるようになったり、サンゴが北上したり、海の異変はあちこちで報告されている。日本の「未来の海」はどのような姿になり、食卓はどう変わるのかをテーマに以下の構成になっている。
第1章 「美ら海」からの警鐘――変貌する「海の熱帯雨林」 第2章 日本近海で生じつつある「異変」――北上する生き物たち 第3章 食卓から「四季」が消える――春のサワラから秋のサンマ、冬のカキ・フグまで 第4章 海洋生態系を脅かす「もう一つの難題」――「酸性化」が引き起こすこと 第5章 どうなる? 未来のお寿司屋さん――マグロやホタテ、アワビやノリも食べられなくなる!
海の温暖化についてはさまざまな報道があり、漠然と知っている人も多いだろう。本書は海の「酸性化」にいち早く警鐘を鳴らしているのが新しい。
プロローグは静岡県下田市にある筑波大学の下田臨海実験センターの実験水槽から始まる。3つの水槽は二酸化炭素の濃度をそれぞれ現在、今世紀末、来世紀半ばの想定で変えてある。二酸化炭素が海に溶け出し、酸性化が進むからだ。
その結果、海の酸性化が進むと、植物プランクトンのサイズが小型化することがわかった。そうすると食物連鎖のステップが増え、生態系の上位にいるブリやマグロ、サケなど大型魚類が成長しにくくなり、漁獲量が減る恐れがあるという。
第4章で、海の酸性化は将来の話ではなく、日本近海で実際に酸性化が進み、海水のpHが低下しつつあることが、気象庁の海洋観測で確認されていることを紹介している。
さまざまな貝や魚の成長に影響が出ることが実験で確認され、すでに変化が起き始めている可能性があるという。
第2章では、東京湾でシオマネキなど南方系のカニが出現していること、大阪湾で高水温が苦手なマアナゴが減り、比較的暖かい海を好むハモが増えていること、海水温の上昇にともなって毒化した魚による「シガテラ中毒」が各地で発生していることについて報告している。
第3章では代表的な魚について詳しく変化にふれている。冒頭に書いた高級魚化するサンマ。近年の不漁について、東京大学大気海洋研究所の伊藤進一教授の以下の見解を紹介している。
・親潮が弱く、サンマが南下しにくい ・北海道沖に暖水塊が停滞しやすくなり、サンマの南下を妨げた
さらに伊藤教授らのシミュレーションによると、エサとなる動物プランクトンの減少により、2050年にはサンマの体長は今よりも1センチ、2099年には2.5センチ小型化するという。南の海域への回遊も遅くなり、「サンマの旬」は秋から冬へとシフトすると予測されている。
その一方、海水温の上昇で産卵数は増え、個体数そのものは増えるかもしれないという。
このほかにも、サケ、カキ、フグ、ホタテ、アワビなどについて最近の現象から未来の予測まで詳しく紹介している。海水温が1度違うだけで魚や海藻にとっては死活問題になることがわかった。
すでに回転寿司のネタの多くは海外から輸入されているが、日本近海ものはますます口に入りにくくなるかもしれない、そんなことを想った。
BOOKウォッチでは、関連で『交響曲第6番「炭素物語」』(化学同人)、『クジラのおなかからプラスチック』(旬報社)、『魚食の人類史――出アフリカから日本列島へ』(NHKブックス)などを紹介済みだ。
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