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「絹の道」は「ペストの道」だった!

イラスト図解 感染症と世界史

 世界史を選択している大学受験生には役立ちそうだ。本書『イラスト図解 感染症と世界史 人類はパンデミックとどう戦ってきたか』(宝島社)は、有名な感染症と世界史の関係を振り返っている。

 監修者の神野正史さんは河合塾の世界史講師。おもな著書に『「世界史」で読み解けば日本史がわかる』(祥伝社)、『世界史劇場』シリーズ(ベレ出版)、『最強の教訓! 世界史』(PHP研究所)などがある。わかりやすく解説するのはお手の物だ。「イラスト図解」とあるように、ビジュアルも充実。感染症の歴史を通して人類史や世界史を再認識できる一冊となっている。

隋もペストでダメージ

 なるほど、と思った事例をいくつか紹介しておこう。

 中国では581年、約300年ぶりに統一国家として隋が成立した。華北と江南をつなぐ大運河もつくられた。中国の北と南を結ぶ画期的な交通動脈だ。ところが、618年には滅びてしまう。早すぎる崩壊だ。隋の二代目皇帝、煬帝は暴君で有名だったが、原因はそれだけではないと本書は記す。610年ごろから、隋ではペストが大流行したのだという。

 「もしかしたら完成した大運河を渡る交易船を利用してネズミが全土に移動したことが疫病蔓延の一因になっていたのかもしれません」

 隋のペストは、ヨーロッパから中国に持ち込まれたと見られている。しかし、ペスト誕生の地は2600年ほど前の中国だということが最近、世界各地のペスト菌の遺伝子配列を詳細に調べて、ほぼ確定したという。

 ではなぜ、中国の、おそらくは雲南省あたりの「風土病」だったペストが世界に広がったのか。ここから先が、監修者の世界史講師としての真骨頂だ。

 紀元前1~2世紀ごろから「シルクロード交易」が盛んになった。ペストはこの「絹の道」を通して中東やヨーロッパに伝わった可能性が高い。しかも、そのルートは、今日のコロナ禍とも関係するという。

 習近平国家主席が2013年に打ち出した「一帯一路」政策。これは21世紀版のシルクロードだ。本書の43ページには大昔の「シルクロード」と、現代の「一帯一路」の地図が同時掲載されている。両者はほぼ重なる。コロナ禍がいち早く広がったイランやイタリアはこの「一帯一路」に含まれている。「はるかな時を経て、今回もシルクロードが疫病を運んだとも考えられそうです」。

ツタンカーメンとマラリア

 冒頭で神野さんは、先史時代の人類史を簡単に振り返っている。狩猟採集生活をしていたころは、人々は定住しておらず、他の集団との接触も乏しかった。したがって感染症は広がらなかった。状況が変わるのは農耕生活が始まってからだ。人口が飛躍的に増大し、集落ができる。肥料用に排せつ物が貯め置かれ、貯蔵食料がネズミを呼び寄せる。その結果、ノミやダニも増える。

 決定的なのは家畜の飼育だ。家畜から人への感染症が発生するようになる。結核は牛やヤギからヒトに感染したものだという。

 エジプト文明と感染症の関係についても紹介されている。発掘調査で出土したミイラの分析でわかったことが多々ある。特に目立つのは「マラリア」だ。当時の人は、マラリアは「蚊」が媒介すると、うすうす気づいていたようだ。クレオパトラを描いたレリーフには「蚊帳」が登場している。「黄金のマスク」で有名なツタンカーメンのミイラからもマラリア原虫の一部が見つかった。

 ちなみにマラリアは現在も毎年2億人以上が感染。40万人以上が命を落とす。BOOKウォッチで紹介した『パンデミック症候群――国境を越える処方箋』 (エネルギーフォーラム新書)には、人類を最も多く殺してきた動物は「蚊」だと出ていた。

 このほか、エジプトのミイラからはハンセン病の痕跡も見つかっている。ラムセス5世のミイラからは、天然痘の跡も発見され、「世界最古の天然痘での死亡事例」として知られているそうだ。

現状を打開するヒントを探る

 本書は「1章 文明の幕開けから古代まで」「2章 中世の秩序を揺るがせた『黒死病』」「3章 大航海時代と産業革命」「4章 20世紀以降に出現した感染症」という構成。時代を追いながら感染症と人類の闘いを振り返り、世界史に与えた影響を記している。地図やイラスト、写真が豊富なので理解の助けになる。

 神野さんは、本書から、ただ「過去の出来事の知識を得る」のではなく、「そこから現状を打開するヒントを探しながら読んでいただけたら、本書が世に出た意味もあることになります」と記している。

 平時に、時間をかければ作れる本ではある。しかし、コロナ禍のさなかに、短時間で出版するのは大変だったのではないか。神野さんが予備校の世界史講師で、類書を何冊も出しているということが幸いしたに違いない。豊富なビジュアル資料の収集には編集部も苦労したことだろう。「歴史を丸暗記」するだけでは「歴史から学ぶ」ことができない、という思いが込められている。

 BOOKウォッチでは多数の関連本を紹介済みだ。『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)、『感染症の中国史』(中公新書)、『世界史を変えた13の病』(原書房)、『人類と病』(中公新書)、『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春文庫)などは感染症を世界史の中でとらえたもの。日本に絞ったものでは、『感染症の近代史』(山川出版社)、『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)などがある。『天変地異はどう語られてきたか――中国・日本・朝鮮・東南アジア 』(東方選書)には、「『日本』の誕生と疫病の発生」についての論考が収められている。『感染症とたたかった科学者たち』(岩崎書店)は小中高校生向けの良書だ。



 
  • 書名 イラスト図解 感染症と世界史
  • サブタイトル人類はパンデミックとどう戦ってきたか
  • 監修・編集・著者名神野正史 監修
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2020年6月22日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数A5判・160ページ
  • ISBN9784299006479

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