文系でも国立大学を出た人は、本書『数学的思考ができる人に世界はこう見えている』(祥伝社)を読めば、優越感にひたること間違いない。なぜならば、私立大学の文系学部を出た人の多くは受験科目として数学を勉強していないので、微分や関数の深い概念を知らないからだ。著者の齋藤孝さんは明治大学文学部教授。理系、文系を問わず、さまざまな学生を教える授業で、理系の学生が関数や微分積分の話をすると、とたんに文系の学生はぽかんとして話を理解できないという。何も数式を解くわけではなく、考えるときの入り口やヒントとして数学の概念は役に立つ、というのが本書の趣旨だ。
本書で扱うのは、微分、関数、座標、確率、集合、証明、ベクトルといった項目。しかし、数式はまったく出てこないから数学を高校時代に放り投げた人でも大丈夫だ。コミュニケーションの専門家である齋藤さんが的確なイメージで説明してくれる。
たとえば、微分の本質とは「ある瞬間の変化率」だ。つまり、ある瞬間における変化の「勢い」のようなもの。それを見極めようとするのが「微分的思考」だという。
株価の変動やスポーツの成長曲線、はたまた平家物語の無常観、ゲノム解読プロジェクトなどを援用して、我々の中にある正比例的な進歩観を打ち砕く。
「あらゆる物事が過去から未来に向かって変化するのだとすれば、いまこの瞬間の変化率こそが、私たちの目の前にある『現在』のリアリティだといえるでしょう。リアルな『いま』に目を向けなければ、『これから』に対して有効な手を打つことはできません」
評者はこれを読んで、まさに現下の新型コロナウイルスへの対策にこそ、こうした発想が求められると思った。感染者数の増減を示す棒グラフに一喜一憂するのではなく、潜在的な感染者が対数グラフ的に増えていることを想起することが必要だ。おそらく感染症の専門家はそうした予測のもとに接触者の8割減を提言したのだろう。
次に著者は、運動方程式F=maと慣性の法則について説明し、新入社員にこうアドバイスする。
「最初にエネルギーを使って思い切り『加速』しておけば、あとは慣性の法則が働くので省エネで行けるのです」
このあたりから、本書は数学の解説というよりも人生論の趣を帯びてくるが、説得力はある。
「人生曲線を上向きにするには、まず微分的思考で現時点の瞬間的な勢い=速度を知らなければいけません。それをさらに上向きにしたいなら、どうやって加速度(a)を大きくするかを考える。そのためには、これまで以上のエネルギーを投入して多くの力(F)をかけるか、背負う荷物を減らして質量(m)を小さくする必要があるわけです」
齋藤さんは、大学院生時代に、ハイデガーとメルロ=ポンティという「大物」を自分の荷台から降ろし、手の届く小さな題材で短い論文を数本書き、そのおかげで大学に職を得たという。
関数の説明では、井上陽水の「ジャズ化」を数学的に考えるとか、歌手や画家のスタイルを論じて、関数とはスタイル、「一貫した変形作用」だと説明する。その上で、どんな変換がされたのかを考えると、世の中の仕組みが見えたり、アイデアを生むヒントが見つけられたりする、と説く。
ベクトルは「方向性」という意味で、文系人間のサラリーマンもよく使うが、ただの矢印ではない、と注意する。
「ベクトルとは、『方向』と『大きさ』の両方を持つ量なのです」
そこから、努力をベクトル的に「分解」や「合成」すると、足りないことに気づけたり、選択力がアップしたりする、と諭している。
終章で、齋藤さんは、数学的思考によって物事を理性的に考えることができる、と強調している。「社会の重要な意思決定に加わることの多い人間ほど、数学的思考が必要です」という結びの言葉の重みをかみしめたい。
巻末には『ニュートン式 超図解 最強に面白い!! 微分積分』(ニュートンプレス)、『とんでもなく役に立つ数学』(角川ソフィア文庫)など参考文献も挙げられている。
BOOKウォッチでは、京都大の望月新一教授が未解決問題「ABC予想」を解いたことを説明した『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(株式会社KADOKAWA)などを紹介済みだ。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?