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WHOが出来るまで人類はどう感染症と闘ってきたのか?

人類と病

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、WHO(世界保健機関)の存在が注目されている。テドロス事務局長が中国寄りだとして、辞任を要請する請願書に20万人以上が署名、アメリカのトランプ大統領は分担金の減額をちらつかせている。本書『人類と病』(中公新書)は、国際的な保健協力がいかにして構築されてきたのかに光を当てたタイムリーな本である。

著者は国際政治の専門家

 著者の詫摩佳代さんは東京都立大学法学政治学研究科教授。専門は国際政治だ。旧姓の安田佳代名義の著書『国際政治のなかの国際保健事業』(ミネルヴァ書房)がある。あとがきによると、企画から5年がかりの本だったことがわかる。だから、コロナ禍により急ごしらえで出た本ではない。

 多くの保健医療分野の専門家がいるなかで、自分が書くことに「どこか迷い」があり、完成が遅れた、と書いている。しかし、非政治的・人道的と思われがちな国際保健協力が実際には、国際政治の影響を受けてきたこと、他方ではその影響をうまく利用して本来の目的を達成してきたことが、国際政治の専門家だからこそ、うまく叙述されている。

イギリスの植民地支配で広がったコレラ

 「序章 感染症との闘い――ペストとコレラ」を読むと、貿易や植民地統治のための国境を越えた人や物の移動が増大し、19世紀にコレラが世界的に流行したことがわかる。もともとコレラはベンガルのデルタ地域限定の風土病だった。フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の多くはイギリスに対して何度も検疫強化を求めたが、イギリスは経済への影響を懸念して立場を崩さなかった。

 1903年にようやく史上初の国際衛生協定が締結され、加盟国は領域内で特定の感染症(コレラとペスト、1912年に黄熱病が加わる)が発生した際には、互いに通知すること、港などで検疫を行うことなどを定めた。しかし、まだ不十分な態勢だった。

 「第1章 二度の世界大戦と感染症」では、二つの世界大戦で人類はどのように感染症と闘ったのか、その経験からいかに国際的な保健協力の枠組みがつくられたかを書いている。

アメリカの参戦で広まったスペイン風邪

 第一次大戦中は、マラリア、そしてスペイン風邪が流行した。1918年にアメリカで発生した新型のインフルエンザは、アメリカの参戦に伴い、世界的に広まり、約4000万人が亡くなったとされるが、本書は1918ー23年に約7500万人が犠牲になったという、ある統計の数字を紹介している。多くの感染国では兵士の士気を損なうとして報道が控えられたが、中立だったスペインの新聞が盛んに報道したため、「スペイン風邪」と呼ばれるようになった。

国際連盟保健機関の設立

 大戦後のヨーロッパではチフスが流行した。これに対応したのが、19世紀末、アンリ・デュナンによって設立された赤十字国際委員会と新たな国際組織としての赤十字連盟だった。しかし、特に被害の大きかった東欧のチフス問題に赤十字連盟だけでは限界があることがわかり、国際連盟に常設の保健機関が設けられる機運が高まった。1921年、国際連盟に感染症委員会が設立され、ポーランドの状況改善に貢献した。そして、23年に常設の国際連盟保健機関に昇格した。

 マラリアへの取り組みや感染症情報業務、血清、ビタミンの国際標準化事業などへの貢献はあったが、当初国際連盟に敗戦国だったドイツは加盟できず、医学先進国のドイツを排除するという非合理もあった。

 一方、第二次大戦では感染症による死者はそれほど多くなかった。ペニシリンや抗マラリア薬など薬が発達したからである。

WHOが根絶した天然痘

 「第2章 感染症の『根絶』――天然痘、ポリオ、そしてマラリア」では、第二次大戦後に設立されたWHOの取り組みを追っている。ここで詫摩さんが強調しているのは、WHOの活動が国際政治の流れに受身的ではなかったことだ。米ソがそれぞれイニシアチブを発揮しようと動き、それをうまくWHOが利用して天然痘を根絶させたことが書かれている。1980年、WHOは天然痘の世界根絶宣言を行ったが、その後も米ソの二つの研究所が天然痘のサンプルを保持しているのは、その影響だ。

 ここまでが前半部分。後半の「第3章 新たな脅威と国際協力の変容――エイズから新型コロナウイルスまで」、「第4章 生活習慣病対策の難しさ――自由と健康のせめぎ合い」、「第5章 『健康への権利』をめぐる戦い――アクセスと注目の格差」を読むと、新型コロナウイルスなど新たな感染症だけではなく、肥満やアルコール、喫煙など多くの課題が山積していることを実感する。

 一例を挙げよう。先進国から顧みられない熱帯病の死者は年間53万人と推定されるという。いま世界の目は新型コロナウイルスに向けられているが、それ以上の死者が日常的に発生しているのだ。こうしたことへの取り組みも詳しく書かれている。

 また、生活習慣病の項目は、当事者には耳の痛い指摘だ。新型コロナウイルスよりもはるかにリスキーな存在が自分の身近なところにあることを知るだけでも、本書を読む価値は十分あるだろう。

 BOOKウォッチでは新型コロナ関連で『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録 』(東洋文庫)、『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)、『知っておきたい感染症―― 21世紀型パンデミックに備える』 (ちくま新書)、『すべての医療は「不確実」である』(NHK出版新書)、『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)、『世界史を変えた13の病』(原書房)など、多数の本を取り上げている。

  
  • 書名 人類と病
  • サブタイトル国際政治から見る感染症と健康格差
  • 監修・編集・著者名詫摩佳代 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2020年4月25日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・238ページ
  • ISBN9784121025906
 

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