近年、読んでいてこんなに腹が立った本はないだろう。著者に対して? 内容に対して? いや、本書の主人公である東京駅コンシェルジュの皆さんに無体な問い合わせをする利用客に対してである。
本書『東京駅コンシェルジュの365日』(交通新聞社新書)は、JR東京駅の丸の内地下中央口と八重洲地下中央口を結ぶ中央地下通路にある総合案内所「ステーションコンシェルジュ東京」に勤務するコンシェルジュの業務日誌をもとに、つくられた本だ。
迷子とか駅の構内についての問い合わせだったら、まだ許せる。しかし、大方の質問はこんなものだ。
「クレープみたいな包んであるお菓子で、銀の鈴あたりにあるものは」 「ナントカ街の水羊羹のお店の名前は」 「バラの形のチョコってどこにあるの」
こうしたとらえどころのない問い合わせに対応すべく、彼女たちはすべての質問と対応をデータ化して日々、鍛錬している。
テレビ番組で、東京駅構内や付近の店が取り上げられると、すぐに問い合わせが増えるという。中でも反応が多いのはマツコ・デラックスさんが出演する番組だそうだ。
「マツコさんの番組のチェックは欠かせないですね」
あるコンシェルジュの弁だ。
東京駅は一日に約68万人が利用する巨大ターミナルだ。「コンシェルジュ」とは、フランス語でもともとはホテルなどで道案内や乗車券手配などを行うプロのスタッフのこと。東京駅では、2008年から、駅の中でこれまでにないインフォメーション・サービスをしようということで、インターネットを使った案内所として誕生した。
一日平均500件もの問い合わせがあり、3人体制で回している。本書は鉄道に詳しいフリーライターの渡辺雅史さんが、その業務日誌を元に彼女たちの奮闘ぶりを描き出したものだ。
東京駅は外国人の利用者も多い。海外の人が知りたい、東京駅に関する質問では、こんなものがある。
「朝まで駅で過ごしたい」
海外では、駅で一晩過ごす客もいるようだが、日本ではアウト。駅周辺のホテル一覧を見せて、地図に印をつけて対応したそうだ。
「手持ちの金がない」
話を聞くとこういうことだ。「これから恵比寿駅まで行かなければならないんだけど、PASMOは残高不足で改札外にも出られないし、お財布にお金も入ってなくて、持っているのは、このカードだけなの。どうしたらよいかしら......」。
カードを見たら、マスターカードのマークが付いた海外発行のカードで、改札内に海外発行カード専用のキャッシュディスペンサーがあることを伝え、事なきを得たという。
こうした実のある問い合わせなら、まだやりがいがあるだろう。しかし、本書を読むと、日本人の利用客の頭の中がどうなっているのか、疑問が増してくる。たとえば、こんな質問。
「ゲンジなんとかのぶどうのなんとか」
どう対応するのか。ちゃんとツボを押さえていた。「宗家源吉兆庵」の陸乃宝珠の画像を見せると正解だった。
本書の第5章は難問比べ。こんなのは分かるだろうか?
「パンダの袋に入った海老のせんべい」 「ひらがなだけの名前 スマイルとかニコニコとか」
これくらいは初級だという。だんだん難易度が上がる。
「レンガと同じ大きさのカステラは?」 「数字の8が付くお店は?」 「林先生がおいしいと言っていたお菓子」
もちろん、2泊3日で富士山を見て京都に行きたい、とかハードルの高い外国人からの質問をこなしながらの対応だ。
「わかりませんとは言いません」というのが、彼女たちのプロ意識だが、つまらない質問をする日本人のなんと多いことか。限られたリソースをもっと有効に活用してほしいものだ。
毎日、東京駅を利用している評者だが、本書を読むまで、「ステーションコンシェルジュ東京」の存在を知らなかった。東京駅の8番線、9番線のホームの真下あたりにある。新型コロナウイルスの蔓延で、外国人旅行者の姿をほとんど見かけなくなったが、今はどんな問い合わせが多いのだろうか? ちらりと見かけた彼女たちの姿にそんなことを思った。
BOOKウォッチでは、『鉄道ふしぎ探検隊』(日本経済新聞出版社)などで、東京駅の不思議について紹介している。
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