フィンランドが最近、良い意味で注目されている。今風に言えば「急上昇ワード」としてトレンド入りしている国だ。国連が毎年発表している「幸福度ランキング」では2018、19年と2年連続で1位だった。世界最年少の34歳の女性首相も誕生した。日本との定期航空便は、15年前は週に2便だったのに、今では40便を超えている。それだけつながりが深まり、人の往来も増えたということだ。ムーミンのふるさと、森と湖の国がなぜこんなにも注目度が上がったのか。本書『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』 (ポプラ新書)』を手掛かりに、探ってみよう。
まず、フィンランドとはどんな国か。夏は午後8時過ぎまで明るいが、秋になると、どんどん日照時間が減っていく。冬はマイナス20度。気候的には恵まれているとは言い難いが、何しろ森や湖が多い。手つかずの自然が身近にある。
国土の面積は日本と同じくらいだが、自宅からちょっと歩けば「森林浴」やら「オゾンで深呼吸」できる環境が目の前にある。リフレッシュできる。だから人々は定時に帰宅して平日でも自然と触れ合い、夏休みは1か月取って、サマーコテージでのんびりするというわけだ。
このような自然があるからこそ、その自然を最大限に味わい楽しむ生き方をいつの間にか身に着けている。それが結果的に「幸福度世界一」につながっているということなのだろう。自然を破壊して工場や住宅にし、経済優先でやってきた人類の近代史とはやや趣が異なる。
著者の堀内都喜子さんは学生時代にフィンランドの大学に留学。居心地が良くて5年間暮らし、帰国後もフィンランド系企業で8年。そして6年前から駐日フィンランド大使館で広報の仕事に携わっている。とうぜんフィンランド事情に詳しい。『フィンランド――豊かさのメソッド』という著書もある。
ちなみに国連の「幸福度」で日本は50位台。トップ10のうち半分は北欧諸国が占めている。社会保障が手厚く、質の高い教育をしている、ジェンダーギャップや経済格差の少ない平等な社会が築けていることなどが共通している。日本の順位が低い項目としては、人生の選択の自由度(64位)、社会的寛容さ(92位)などが挙げられている。
フィンランドの一人当たりのGDPは約5万ドルで世界16位。日本は約4万ドルで24位。主要な産業は製紙、パルプ、木材など森林資源を生かしたものだが、最近は電子機器、情報通信も強い。ノキアは有名だが、アパレルのマリメッコ、ガラス製品のイッタラ、陶器のアラビアなども世界に知られ、北欧デザインの一翼を担う。
世界経済フォーラムが141か国・地域を対象に「革新力」「労働市場」など12の指標で比較した国際競争力ランキングでは、フィンランドは11位。マクロ経済の安定と制度という指標では1位だった。技術適応力の高さという指標でも、スイスに次いだ。さらに興味深いのは「批判的な思考能力の教育」が1位だった。
日本は全体では6位だったが、マクロ経済は42位。「批判的思考能力」では87位だった。日本が国際的に、かなり手厳しい評価を受けている項目が少ないことに驚く。
そういえば、2月1日の朝日新聞にフィンランドを解剖する大きな特集記事が出ていた。その中に登場したフィンランド人の大学院生サカリ・メシマキさんの意見が面白かった。フィンランドには「意識高い系」という言葉はないのだという。子どもの時から自分の意見を言って議論する訓練がなされているからだ。若者が政治に対しても発言することを躊躇しない。フィンランド政府の公認翻訳家の下村有子さんの分析も興味深かった。フィンランドは人口が少なく天然資源も乏しいので「納税者をつくる」ことが教育の目的になっている。国の発展のため、一人もおろそかにせず自立した社会人を育てることに力を入れているというのだ。国民一人ひとりの「粒立ち」に力を入れているということだろう。
英語はどこでも通じ、何か国語もしゃべる人が少なくない。起業も盛んで今やヨーロッパのシリコンバレーとも言われているそうだ。ヨーロッパ最大規模の「スタートアップの祭典」は学生たちが中心になって運営しているという。
本書のタイトルの「午後4時に仕事が終わる」ことについては、ちょっとした種明かしも紹介されている。実は、朝早く出社する人が少なくないらしい。そしてさっさと仕事を切り上げ、早めに帰宅して、家族との団らんや自分の時間を楽しむということなのだ。
法律でコーヒー休憩が決められているとか、在宅勤務が3割とか、父親の8割が育休を取るだとか、「働きすぎ」の日本人からすると、びっくりするような話が次々と出てくる。高い教育水準を誇るが、偏差値は存在しない。子どもたちは家の近くの中学や高校に進む。大学格差もない。本書を読めば、ムーミンを生んだフィンランドは、国自体がユニークだということがわかる。
もちろんそれは日本を基準に考えた場合のこと。フィンランドが世界1位だということは、今や日本の方がおかしい、世界標準からズレている、ということにもなる。そんなことを再認識できる本でもある。
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