読むべき本、見逃していない?

「怪談×青春×ファンタジー」の名作、文庫化

  • 書名 夜行
  • 監修・編集・著者名森見登美彦 著
  • 出版社名小学館
  • 出版年月日2019年10月 9日
  • 定価本体610円+税
  • 判型・ページ数文庫判・299ページ
  • ISBN9784094067033

 2016年に刊行され、直木賞と本屋大賞にダブルノミネートされた森見登美彦さんの『夜行』(小学館)が昨年秋、小学館文庫に入った。「怪談×青春×ファンタジー」というキャッチコピーにふさわしい作品。累計32万部を突破、込由野しほさん作画のコミカライズ版も発行される人気ぶりだ。

火祭の夜、姿を消した女性

 怪談に「百物語」という形式がある。本書では5人の語り手が旅先で出会った体験を語るという形で進む。「夜行」には夜行列車という意味もあれば、「百鬼夜行」という言葉もある。10年前の夜、京都の英会話スクールの仲間たち6人で鞍馬の火祭を見物に出かけ、長谷川さんという女性が姿を消した。

 10年ぶりに5人がふたたび火祭見物のため集まった。貴船川沿いの宿に泊まり、鍋を囲むうちに当時大学院生だった中井さんから話を切り出した。「変身した」妻を広島県の尾道まで連れ戻しに行ったという。狭い坂道が迷路のように続く尾道を舞台にした怪異譚だ。

 その数か月前、九州から東京に帰る夜行列車で尾道を通り過ぎたときに、「自分を見ていたみたい」という妻のことばが出てくる。見るものと見られるものが同一であるという語りの詐術に読者は、嵌りかける。

 失踪した長谷川さんは尾道の対岸、向島の出身で、失踪の数か月前に中井さんは彼女と尾道で会っていたというのも因縁めいて聞こえてくる。

 二人目は当時大学の一回生で、いまは東京の出版社に勤める武田君が奥飛騨に男女4人で行ったときの話をする。占い師から死相が出ているという予言を聞いた二組の男女。結末はよくわからないままに語りは終わる。

「夜行」という連作の絵

 三人目は銀座の画廊に勤める藤村さんが登場する。鉄道好きの夫とその同僚児島君と津軽へ旅行した話だ。上野駅から青森行の寝台列車「あけぼの」に乗車、途中火事のような光景を目撃する。翌日、五所川原から津軽鉄道に乗り換え、終点津軽中里へ行き、奇妙な一軒家を見つける。その家に勝手に入った児島君とは連絡が取れるもののずうっと出てくる気配はない。

 岸田道生という作家の個展で見た「夜行」シリーズの一作、「津軽」に同じような家の絵があったことを思い出す。その絵に導かれて津軽に向かったのだろうか。

 四番目に語り始めたのは最年長の田辺さんだ。飯田線に乗ったときの話をする。題して「天竜峡」。田辺さんは画家の岸田と親しく、夜の「岸田サロン」の常連だったことが明らかになる。

 それぞれの話につながりはないが、全員が道中で岸田道生の描いた「夜行」という連作の銅版画を目にしていた。

反転する世界

 ところで、本書の話者である「私」=大橋が語る最終話「鞍馬」に至り、背筋がぞくりとする。世界が反転するのだ。

 作中、岸田には「夜行」シリーズと対をなす「曙光」というシリーズがあったことが明らかになる。だから、一種のパラレルワールドものと理解すれば平仄は合うが、あまり理屈で割り切らずに、作者の語りに騙されてみるのが、いい読み方かもしれない。

 森見さんはデビュー作の『太陽の塔』(日本ファンタジーノベル大賞)以来、京都を舞台に学生が主人公の作品を多く書いてきた。本書では、最初の火祭の夜から10年が経ち、かつての学生たちはすれっからしの社会人になっている。語りが「騙り」であっておかしくない世界に生きている。本書を青春喪失の物語として読めば、怖さよりも哀歓が漂う。

 そして、京都ならば何が起きても不思議ではない森見ファンタジーワールドはいつもながら健在だ。

 BOOKウォッチでは、2018年に発表された『熱帯』も紹介している。本書『夜行』が「百物語」的な構造だとすれば、『熱帯』は物語が物語の中にどんどん入りこんでいく「入れ子」構造の「千夜一夜物語」のような作品である。併せて読んでいただきたい。

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