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物語が物語を呼ぶ、京都発の魅惑的幻想譚

熱帯

 森見登美彦さんと言えば、『太陽の塔』(2003年、日本ファンタジーノベル大賞)でデビューして以来、京都を舞台にしたSF色の強い作品でカルト的なファンをもつ作家だ。最新作の『熱帯』が刊行されたと聞いて、早速買い求めた。

 帯にある「我ながら呆れるような怪作である」という著者の言葉通り、複雑怪奇な物語である。

 奈良に住む著者とおぼしき作家はスランプに陥り、執筆を放り投げ、『千夜一夜物語』を読みふける日々を送っている。ある日、京都に暮らしていた学生時代に読んだ小説『熱帯』(佐山尚一著)のことを思い出す。読みかけの本がなくなり、結末がわからず気になっていたのだ。

 作家はかつて勤務していた国立国会図書館(実際、森見さんも勤務した)の同僚に誘われて上京し、「沈黙読書会」なるサークルに顔を出す。「謎の本」について語り合うという会が気になったからだ。そこでは手掛かりを得られなかったが、店で同席した白石さんという女性が『熱帯』を持っていることに気が付き、話しかけると「この本を最後まで読んだ人間はいない」という驚くべき言葉が返ってきた。

 そこから『熱帯』を読んだことがある4人のメンバーで構成する「学団」という読書会の話が始まり、舞台は京都へ飛ぶ。消えた作者の佐山尚一は、アラビア語を学ぶ学生で『千夜一夜物語』の写本を翻訳するアルバイトをしていたことが分かる。

 『熱帯』についての語り手の話の中に、次の語り手が登場し、さらに語り手が登場するという「入れ子」の構造は、小説の中で著者が説明するように『千夜一夜物語』と同様だ。

 めくるめく物語は第4章「不可視の群島」という話で頂点に達する。どこか熱帯の海を思わせる島々の幻想的な構造と光景は、美しくも不可思議だ。物語は満州や京都とも通底する魔術的な展開を見せ、混沌の極に至る。

小説についての小説

 あるサイトに寄せた森見さんのエッセイによると、本作は「小説についての小説」だという。森見さんは、2011年に締め切りを抱え過ぎてギブアップ、すべての連載がとん挫したという。本作もその一つで、長い中断を経て、「小説」について考えた成果が盛り込まれているそうだ。

 だから、あらすじをたどってもあまり意味がない。物語がどんどん増殖していくさまに身をゆだね、結末のわからない「恍惚と不安」にひたるのみだ。「この本を最後まで読んだ人間はいない」という冒頭の言葉は、なんて人生に似ているのだろう。

 作中、たびたび登場する京都・吉田山かいわいの神秘的な光景やにぎやかな繁華街のイメージは、京都を自家薬籠中の物にした著者の力量の賜物だろう。古いファンにも楽しめる内容だ。

  • 書名 熱帯
  • 監修・編集・著者名森見登美彦 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2018年11月15日
  • 定価本体価格1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・523ページ
  • ISBN9784163907574
 

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