世の中には、変わった趣味を突き詰めている人がいると思った。本書『日本全国池さんぽ』(三才ブックス)の著者、市原千尋さんは「池」にはまった人だ。中学2年生のとき、釣り好きが嵩じ、深夜に出発して遠くの池を巡礼するスタイルを確立。東京大学文学部国文科を卒業後は就職せず、商用小型貨物車を根城にウェブデザインやイラスト描きなどをしながら、全国に21万ある湖沼のうち7000余りを探訪してウェブサイトで記事にし、湖沼のデータベースを作成している。
冒頭、池と湖、沼はなにが違うかを論じている。明確な定義はなく、強引に区分すると、人工的に造られた水たまりが池、自然の力でできた大きくて深い水たまりが湖、湖に比べて小さくて浅い水たまりが沼、と書いている。
しかし、命名に規則性はなく、「〇〇沼」でも天然とは限らず、「〇〇湖」でも人工のため池だったりする。また、地方によっては、「堤」、「堰」と呼ぶところもあるそうだ。
本書では、これらの池を章ごとに8つのタイプに分けて紹介している。
1章 島池さんぽ 離島ならではの旅情と独自性 2章 山池さんぽ 大自然が生んだ奇跡の水辺 3章 里池さんぽ 日本の滋味豊かな里山を潤す池たち 4章 人造池さんぽ 土木遺産の業! 巨大構造物・ダム 5章 公園池さんぽ 公園の池は遊び心がいっぱい 6章 城池さんぽ お堀を知れば城郭の魅力もさらに 7章 町池さんぽ 町中で驚きの歴史や伝説に出会える 8章 寺社池さんぽ 寺社の池はミステリーと伝説の宝庫
40の池を市原さんのイラストと地図付きで詳しく取り上げるとともに、ほかに88の池を紹介している。
この中から「へえー」と思った、いくつかの池を紹介しよう。
日本にある有人の島は約400。水利の工夫が求められ、独自の発展をした「島池」の中では、沖縄・南大東島のカルスト池群に圧倒された。石灰岩を地盤とする島には無数に池があり、地下水脈を通じて海ともつながっている。
塩水層の上に乗った表層のみ真水が保たれており、この真水をポンプで汲み上げ、サトウキビ畑を潤している。またコンクリートで造られた人工のファームポンドもある。地底湖からも水を汲み上げているというから、水事情の厳しさがうかがえる。
里池は稲作のために造られたが、生活のために転用されたものも少なくない。新潟県長岡市山古志の棚池は、錦鯉を養殖するために改造されたもので、元は棚田だった。秋田県三種町のジュンサイの池の多くも元は水田だった。
町池で驚いたのは、和歌山県新宮市にある「浮島の森」だ。市街地のど真ん中にある天然記念物の浮き島で、昭和初期には周囲2.5キロの沼の中を浮き島がふらふらと漂っていたという。今は周囲を埋め立てられ、島も漂うことはない。
本書の魅力は、市原さんが書いたイラストだ。淡い水彩で池を鳥瞰している。
各地の池には伝説が多いという。大蛇と女が出てくる話がとにかく多いそうだ。かつてはこういった伝説が池の怖さを地域の子供に伝える役割があった、と書いている。
全国の池のリストはいろいろあり、深田久弥の随筆『日本百名山』には、山の脇役として88もの湖沼が登場。財団法人ダム水源地環境整備センターが選定した「ダム湖百選」(実際には65)、農水省が選定した「ため池」百選があり、本書にはそれらの一覧が収められている。
テレビ東京が池の水を抜き、外来生物を捕獲する番組を放送し、話題になったが、こうした「掻い堀(かいぼり)」は、貯水機能の維持や水質改善のため、昔から農閑期に行われてきた地域もあるそうだ。水質の悪化とともに、池と人々とのかかわりは薄くなってきた。池への関心が高まり、池がもっと愛されることを著者は願っている。
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