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郵便局とスルガ銀行、どっちが悪質?

かんぽ崩壊

 まさか郵便局が、という驚きがあった。信頼していたからこそ裏切られた時の衝撃が大きい。本書『かんぽ崩壊』(朝日新書)は、その郵便局が扱っていた「かんぽ」の不正についての取材報告書だ。著者は、この問題について手厳しい報道を続けている朝日新聞経済部の記者たち。丁寧な取材をベースに多方面にわたる問題点を指摘している。

3月にもう一波乱ある

 つい最近も、2020年1月28日の朝日新聞経済面にこんな記事が出ていた。「かんぽ不正報告に批判」「特別委調査 専門家ら『まだ不十分』」。

 「特別委」とは、日本郵政グループが19年7月に設置した「かんぽ不正の特別調査委」(委員長=伊藤鉄男弁護士)のことだ。同12月に調査報告書を公表したが、その内容が手ぬるいと、専門家から批判が出ているという記事だ。

 記者二人の署名入りの記事。うち一人は藤田知也記者。スルガ銀行の不正融資を徹底追及した記者として知られる。BOOKウォッチでも藤田記者の『やってはいけない不動産投資』 (朝日新書)を紹介済みだ。

 今回の記事でも、藤田記者らはスルガ銀行の第三者委員会の調査と、日本郵政グループの特別委の調査を比較している。スルガ銀行の第三者委員会は、行員のメールを徹底調査し、事前通告なしで支店に入って書類を押収した。関与が認定された役職員は懲戒などの処分を受けた。今回、郵政側の経営幹部は不正の横行を知りうる機会があったのになぜ止められなかったのか、そこが明らかになっていないと手厳しい。

 かんぽ特別委の弁護士が取材に応じている。役職員の認識についても調査中で、「結果は3月の報告書で言及する」と答えている。「かんぽ」については、もう一波乱あるということだろう。

不審な乗り換え契約

 この記事の中では、ざっと事件の経緯も書かれている。不正の横行は現場では広く知られていた。かんぽ側は問題が疑われる契約を集計していた。18年4月にはNHKの「クローズアップ現代+」でも報じられていたが、郵政側は十分な対策を打たずに事態が悪化した。

 本書によれば朝日新聞の経済部が動き出したのは19年6月中旬だという。郵便局が販売している「かんぽ生命」の保険で、不審な乗り換え契約が大量にあるという情報があった。19年2月ごろに、かんぽが18年11月分について社内調査したところ、約2万1千件の乗り換え契約のうち、既存の契約を解約して保障内容などの変わらない新たな保険契約を結ぶ事例が、5800件もあったというのだ。いずれも保険料が上がるなどして顧客に不利な契約になっていた。

 かんぽは日本生命、第一生命に次ぐ国内3位の生保。顧客(契約者と被保険者)は2700万人に及ぶ。おなじ日本郵政グループの日本郵便が、郵便局を代理店として保険を売っている。販売手数料は年間3600億円。ゆうちょ銀行が払う分も合わせると、日本郵便の収入の4分の1を占める。郵便局は無理をしても保険を売らなければならない経営環境にあるのだ。取材班は裏付け取材を行い、6月24日の朝刊で「かんぽ生命 不適切な販売」と報じる。次々と新たな情報が集まってきた。

 高齢の父が被害にあったという娘さんが語っている。「郵便局の人でなかったら、父は家にあげなかった。信頼を裏切られ、『食い物』にされてしまった」。郵便局やかんぽの内部からの告発も続いた。組織内でいくら声を上げても改善されないので、社会に訴えるしかないというのだ。社内の不満も沸点に達していたということだろう。

NHKと悶着

 「クローズアップ現代+」が報じたのは18年4月。朝日新聞が報じて各社の取材合戦が始まったのが19年6月。だいぶ時間差がある。その理由はのちに明らかになる。

 「クローズアップ現代+」は第二弾を放送しようとして、一般からの情報提供を募る動画をネットに掲載していた。ところが、そこに記された「かんぽ詐欺」「押し売り」などの文言について日本郵政側が名誉を棄損していると抗議、NHKとの間で悶着が起きていたのだ。本書ではその経緯についても詳しく書かれている。

 こうした場合、マスコミの同業他社は一種の様子見になりがち。広報に取材しても「今NHKさんに抗議しているところ」などとかわされ、手持ちの情報が不足していると、突っ込みづらい。19年6月、朝日が別の形で確定的な情報を報じて初めて、本格的な取材合戦が始まったのだろう。

 郵政側には、放送行政を担当する総務省出身者がいた。強く抗議されNHKが受け身に回ったであろうことも容易に推測できる。また、郵政側は、最初に対応した「クローズアップ現代+」のチーフ・プロデューサーが、NHK会長あての抗議文に対し、本来は番組編集に最終的な責任を持つNHK会長について、「番組制作と経営は分離しているため、番組制作に会長は関与していない」などと発言したことに食いついた。これで抗議は勢いを増し、NHK側は一本取られる形になって謝罪に追い込まれた。このNHKとのトラブルでは、郵政側が後にNHKの取材態度を「まるで暴力団」と評したことが話題になったが、一連の経緯を知ると、郵政側もなかなかのものだと思った。結果的にはこの強硬姿勢で自浄が遅れ、墓穴を広げることになった形だ。

民間生保では起きない?

 本書の巻末には取材に関わった経済部記者の名前が10人以上並んでいる。社会性のある事案だが、経済部だけで処理したようだ。本書を読むと、かなり細かい資料まで朝日側が入手していることがわかる。

 例えば社内研修。かんぽ側は出直しを図ろうとして、19年後半から研修を進めていた。講師として登場するのは「インストラクター」と呼ばれる営業の指導役。約200人の郵便局員を前に「お客さま本位」を説明する。ところで、そのインストラクターはこれまで正しい営業をしてきたのか。朝日はこのインストラクターが実際に勧誘した保険リストを入手している。本書にその詳細が記されているが、指導する立場のインストラクター自身が不審な勧誘だらけなのだ。「問題のある人が再教育の指導とは、悪い冗談」という局員の声が掲載されている。

 本書では郵政が政治に翻弄されてきた事情にも触れている。民営化をスタートさせたが、国が大株主で中途半端。依然として政治と様々なしがらみがあり、縛られている。そもそも郵便局の郵便配達業務は公共サービスに近いから、他に儲ける手立てが必要となる。お歳暮などのギフト用品や年賀はがき販売ではまったく足りない。どうしても、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の商品を販売して稼ぐ「窓口業務手数料」の獲得に傾斜する。

 ところが、このところ金利政策の影響で金融2社の経営環境が厳しい。かんぽの保険料収入は2015年度から4年連続で減少。11年度に比べて18年度は4割も減っていた。それゆえ本社から高い販売目標が示され、全国の支社や郵便局、個々の局員に割り当てられる。ノルマが達成できないと厳しい「研修」が待っている。

 郵便局員が高齢者を訪ねる「見守りサービス」という商品の話も登場する。月額2500円。局員が月1回訪ねて30分会話する。本書によると、愛知県内の約800局では大半が契約を得ているが、ノルマより多い数を獲得している局は見当たらないという。新規獲得が面倒なので、自腹で契約する「自爆」営業が少なくないらしい。このあたりからも、上から降ってくる「新商品」の販売に、苦労する現場の姿がうかがえる。

 巻末に関連有識者へのインタビューが掲載されている。こうした「ノルマ」達成のための無理な営業は他の生保でもあるのか--。業界では2000年代半ばの不払い問題を受けて改革を進め、「かんぽ」のようなことは民間生保では起きない、と複数の業界関係者が語っている。ではなぜ「かんぽ」でそれが横行していたのか。これからどうすればいいのか。上記のような経営環境を鑑みれば、経営陣は何か別の手だてをすべきではなかったか。本書を読んで「かんぽ不正」には、郵政民営化以降の、日本郵政グループが抱える構造的な問題が集約されていると感じた。株価は低迷したまま。新旧の経営陣や国の責任は重い。

  • 書名 かんぽ崩壊
  • 監修・編集・著者名朝日新聞経済部 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2020年1月30日
  • 定価本体790円+税
  • 判型・ページ数新書判・216ページ
  • ISBN9784022950543
 

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