NHK Eテレに「100分de名著」(ひゃっぷんでめいちょ)という人気教養番組がある。2011年3月の放送開始だから息が長い。見たことがある人も多いことだろう。
本書『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社)はそのプロデューサー、秋満吉彦さんによるブックガイドだ
といっても本書は、「100分de名著」の番組秘話ではない。それを期待すると、肩透かしを食う。どちらかというと、「100分de名著」に登場したような本に、秋満さん自身がいかに影響を受けてきたかという個人的な体験をつづったものだ。有名な本がテーマごとに二冊ずつ紹介されている。
第1章 「夢」や「希望」はかなえられる? ・フランクル『夜と霧』 ・河合隼雄『ユング心理学と仏教』 第2章 「困難」や「挫折」と向き合う ・岡倉天心『茶の本』 ・神谷美恵子『生きがいについて』 第3章 「働くこと」の意味とは? ・レヴィ=ストロース『月の裏側』 ・宮沢賢治「なめとこ山の熊」
ざっとこんな感じで全6章12冊が並ぶ。各章の冒頭に登場する本のエッセンスがまとめられ、続いて秋満さんの体験記や感想がつづられる。もちろん、番組制作にまつわる話も交じっている。
第2章に登場する神谷美恵子『生きがいについて』は、秋満さんが学生時代に愛読していた。神谷さんは精神科医で翻訳者。美智子さまの相談相手だったことでも知られる。その神谷さんの本に50歳を前にして偶然再会する。きっかけは、千葉放送局への異動だ。
仕事で成果を上げ、さらにバリバリ全国ネットの現場で活躍していたいと思っていたのに突然、地方勤務を強いられることに。定年まで残すところ10年ほど、このまま自分は終わるのかと焦る。しかも通勤は東京から1時間50分。本でも読むしかない。
たまたま書店でマルクス=アウレリウスの『自省録』の新装版に目が止まった。理由は単純、訳者が神谷さんだったから。懐かしい名前だった。そうだ、こんな時こそ読みなおそうと、改めて神谷さんの『生きがいについて』を手に取る。若いときにはまったく気づかなかった一行に吸い込まれた。
「待つというのは未来に向かっている姿勢である。向きさえ、あるべき方向にむかっていればよい」
千葉で「待つ」ことを強いられていた秋満さんの胸に響く一言だった。よし、往復3時間40分は読書だ! とにかく名著に専心しているうちに、いつのまにか新鮮な企画が浮かんでくる。そして再び全国ネットで活躍するチャンスを自ら掴み取ることができた。
秋満さんは1965年生まれ。大分県中津市出身。熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクター時代に「BSマンガ夜話」「土曜スタジオパーク」「日曜美術館」「小さな旅」などを制作した。「100分 de 平和論」(放送文化基金賞優秀賞)、「100分 de メディア論」(ギャラクシー賞優秀賞)などの受賞歴もある。
著書に『仕事と人生に活かす「名著力」』(生産性出版)、『「100分 de 名著」名作セレクション』(共著・文藝春秋)などのほか、小説『狩野永徳の罠』(「立川文学Ⅲ」に収録・けやき出版)も。
本好きの読書家を乱読系と真面目系に分けるとすれば、秋満さんは後者のようだ。高校時代にすでにサルトルを耽読、大学で哲学を専攻したのもその影響だという。1980年代にはすでにサルトルの影は薄くなっていたから、かなりの「遅れてきた青年」だ。
本書の「あとがき」で、「彼の著作の一節を引いて何かを語れるかというと、私にはできません」と正直に告白している。「にもかかわらず、私は現在も彼の生き方にあこがれ続けています」と今も衰えない「サルトル愛」を表明する。情況に果敢に関わった哲学者サルトル。パリに行ったときはモンパルナスの彼の墓前で手を合わせたそうだ。
本書を読むと、「100分de名著」の仕掛け人が、サルトルの熱情を胸に秘めながら、名著紹介番組を通して世の中にアンガージュマンしていることがわかる。ロングランの人気番組を司るプロデューサーには、こうした揺るがぬ背骨が必要なのだ。本書の表紙には、風に抗いながら砂丘を前かがみで歩むサルトルの写真が使われている。
本欄ではサルトル関連で『余白の声――文学・サルトル・在日――鈴木道彦講演集』(閏月社)、『私の1968年』(閏月社)も紹介している。また 『苦海浄土』 (講談社)を取り上げる中で、『NHK100分de名著 石牟礼道子 苦海浄土』を引用している。
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