博報堂の社員が社内で新しくモノづくりの部門を立ち上げて成功した――単純に言えば一種の社内起業の本だ。ただし、本書『会社を使い倒せ!』(小学館集英社プロダクション)は普通の社内起業本とはちょっと違う。それは属している会社が大手広告代理店だからだ。
代理店の仕事は、主として他社のPR。にもかかわらず代理店自身が商品を開発して売る、というのは一種の領域侵犯だ。それが可能になったのはなぜなのか。会社が鷹揚だったのか、著者がユニークな人だったからか。
結論から言えば両方だろう。しかし、後者の比重が圧倒的に大きい。本書を読むと、著者の博報堂クリエイティブディレクター、小野直紀さんがかなりインパクトのある人だということが分かる。
まずその経歴。1981年生まれ。高校時代に大学教授の母がドイツに招かれたことを機に、自分もドイツへ。ドイツ語はゼロからのスタートだったが、猛勉して日本人ゼロのドイツの高校で学ぶ。建築に興味があり、帰国後は大阪大学工学部へ。ところが専門課程で希望の建築科に進めず、改めて京都工芸繊維大学に入り直す。ここで建築を勉強したが、一般企業への就職は年齢オーバーしていると思い込み、クリエイティブな仕事に関心があったので博報堂と電通を受ける。両方受かり、先に内定が出た博報堂に――というのが入社までのあらましだ。
2008年に博報堂に入ってからは順調に成果を上げたが、何となく飽きたらない。入社数年後には社外の友人とデザインスタジオを立ち上げ、海外の有名な見本市に出展する。そこで国際的に作品が評価され、一部は商品化、NYのMoMAで販売されるまでに。
博報堂では、社外でいろいろな取り組みをすることは推奨されていた。会社の仕事の合間をぬって取り組んだのが、このデザインスタジオの仕事だった。もちろん自腹。3年間で500万円ぐらいは使ったという。
こうした経歴を見るだけで、小野さんが相当アグレッシブな人物だということが分かる。大学時代にはアイルランドに留学していたこともある。いわゆる超エリートではないが、自分の個性、オリジナルなアイデアを大切にしながらチャレンジを続けている人だ。
その延長で思いついたのが、博報堂の中でモノづくりをするということだった。もちろん実行するまでの道のりは平たんではなく、「辞表」を懐に上司と談判した。そのあたりは本書に詳しいので読んでいただくとして、2015年にプロダクト・イノベーション・チーム「monom」を設立。お気に入りのぬいぐるみがしゃべるスマホ連動のボタン型スピーカー「Pechat」(ペチャット)を開発するなど、3年連続で「グッドデザイン・ベスト100」を受賞している。今のところ順調のようだ。19年には博報堂が出版する雑誌「広告」の編集長に就任している。
広告代理店には優秀、かつ変わり者の異才が少なくない。「二刀流」だった人も思い浮かぶ。直木賞作家の逢坂剛さんは長く博報堂の広報マンの仕事を続けていたし、藤原伊織さんは電通マンだった。少々型破りなぐらいでは誰も驚かない。
小野さんは、自身の関心事を会社の枠内で開花させたという点において、会社にとっても有難い人だ。建築出身ということでプロダクトの素地があったこと、ドイツやアイルランドで早くから国際的な視野を広げていたこともプラスした。というわけで誰もが小野さんになれるわけではないが、ネット時代になって、広告代理店の仕事も転機を迎えている。業界人にとっては、本書は大いに参考になるに違いない。また、一般企業で働く人にとっても、自分を今一度ブレークさせるにはどのような下準備や助走が必要か、改めて自己点検できるだろう。
2019年10月8日、文化放送で本作をご紹介します。
文化放送の新番組「みらいブンカ village 浜松町Innovation Culture Cafe」(浜カフェ)の2019年10月8日放送は、ゲストに本書の著者、小野直紀さんを迎えます。そして、雑誌「広告」のお話や、当作品をご紹介します。
浜カフェは、気鋭の経営学者・入山章栄さんと様々なジャンルのクリエ―ターや専門家、起業家たちが社会課題や未来予想図などをテーマにアイディア、オピニオンをぶつけ合い、より良い未来の姿とそれを実現するイノベーションのヒントを探る番組です。毎週火曜日の19:00~21:00。AM1134、FM91.6、radikoでも聞けます。
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