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あの『新潮45』連載ライターが朝日新聞「ひと」欄に登場したワケ

吃音

 全国紙の中でも、朝日新聞の人物紹介コラム「ひと」欄は注目度が高い。ちょっと本を出したぐらいで、著者が取り上げられることはまれだ。年間何万冊もの本が出ているから、いちいち紹介していたらキリがない。

 ところが本書『吃音――伝えられないもどかしさ』(新潮社)を出版した近藤雄生さんは、狭き門をくぐり抜けて2019年3月6日の「ひと」欄に登場した。運のいい人だ。もちろん本書に、それだけの内容があるということだろう。

5年半も放浪

 近藤さんは1976年生まれ。東大工学部を卒業し、同大学院を修了している。世間的には超エリートだ。しかし就職はしなかった。妻とともにオーストラリア、東南アジア、ユーラシア大陸などを5年半も放浪していた。あちこちに短期間の定住をくり返しながら、月刊誌や週刊誌にルポを書いていた。

 そういうちょっと風変わりな人生を歩むことになった一因は、自身の吃音だった。高校時代から悩んでいた。「言葉が通じない国ならば吃音をごまかせるだろうと思った」と、上記の「ひと」欄で語っている。

 中国にいた2005年、近藤さんに変化が起きた。突然、吃音が消えたのだ。29歳の時だった。カフェで店員に「一杯珈琲」という注文が、すんなりできた。自分でも半信半疑。そのまま一週間、二週間が経過し、それから吃音が完全に消えたと確信できるまでには5年ほどかかった。

 さらに機が熟すのを待ち、2013年から吃音の取材に着手した。現状ではひとまず吃音で困っていない自分が、今まさにその渦中にいる人たちの気持ちをどこまで理解できるのかという不安はあった。しかし、悩んでいる人が多いのに実情が知られていないのが吃音問題だ。社会の理解を必要とするという意味からも、書かれるべきテーマであるということに疑いを持たなかった。

 そうして吃音の人や家族、言語治療士ら80人以上に話を聞いてまとめたノンフィクションが本書だ。ごく一部を除いて大半の人が実名で登場する。それだけ取材相手としっかり人間関係を築いたということだろう。

田中角栄元首相はこうして克服した

 吃音者は100人に1人ほどいるそうだ。誰でも周囲を見渡せば、吃音の人に思い当たるに違いない。朝日新聞では最近、「GLOBE」March号でも大々的に取り上げられていた。筆者の大室一也記者自身も吃音を気にしてきた一人だという。

 この記事では「あの人もそうだった」として、ウィンストン・チャーチル、マリリン・モンロー、ブルース・ウィリス、B.B.キングなどの名前が挙がっていた。

 日本の有名人では田中角栄元首相。子どものころ、裏山に行って大声で漢詩を暗唱して克服したという。大室記者は娘の真紀子さんから、そんなエピソードを聞き出している。

 吃音を巡る社会の対応は最近ようやく少しずつ変化の動きが出ているそうだ。2016年4月に障害者差別解消法が施行され、同5月には発達障害者支援法が改正された。集団面接などで吃音受験生に対する配慮なども行われ始めているという。

 本書は足掛け4年にわたり『新潮45』に連載された記事をもとに単行本にしたものだ。「あとがき」で近藤さんは、同誌の編集長や複数の編集部員のアドバイスや後押しに長い謝辞を述べている。

 同誌は2018年9月、LGBT(性的少数者)をめぐる特集「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」が批判を受け、休刊になった。しかし、一方では今回の吃音問題のように、社会的少数者に寄り添った企画も続けていたことを改めて知った。

 本欄では障害関連で、『発達障害の子どもを理解する』(集英社新書)、『考える障害者』(新潮新書)、『働く発達障害の人のキャリアアップに必要な50のこと』(弘文堂)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』 (明石書店)、『車イスの私がアメリカで 医療ソーシャルワーカーになった理由』(幻冬舎)なども紹介している。

  • 書名 吃音
  • サブタイトル伝えられないもどかしさ
  • 監修・編集・著者名近藤雄生 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2019年1月31日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784103522614
 

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