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羽生さんは20年前ソフトがプロ棋士に勝つことを予測していた

羽生善治×AI

 将棋の羽生善治さんは昨年末(2018年)竜王戦で敗れ、27年ぶりに「無冠」となった。すぐに肩書をどうするかが注目された。「前竜王」または何らかの永世称号かと予想されたが、本人の希望により「九段」と発表され、その潔さが賞賛された。

 2017年には「永世七冠」を達成、2018年初頭には将棋界初の「国民栄誉賞」を受賞し、栄華の頂点に。それからまもなくの「無冠」転落は、将棋界の競争の厳しさをあらためて印象づけた。

 本書『羽生善治×AI』(宝島社)は、10年間にわたり羽生さんの研究パートナーをつとめる長岡裕也五段の眼から見た羽生さんの将棋に対する考え方や人間像を記したものだ。

 2009年の正月、羽生さんから「将棋を指しませんか」という電話が長岡さんにあった。当時すでにレジェンドの域にあった羽生さんが若手棋士を指名して対局するのは異例の出来事。「八王子将棋クラブ」出身という共通点はあったが、なぜ自分が指名されたのか、長岡さんはわからなかった。

「100年に一度の大勝負」に負けた羽生さん

 理由を尋ねたことはないが、こう推測する。「100年に一度の大勝負」と言われた2008年12月の竜王戦。渡辺明竜王に羽生名人が挑戦する対局は、どちらが勝っても史上初の「永世竜王」に輝く栄誉がかかっていた。さらに羽生さんが勝てば「永世七冠」のプレミアムがつく。羽生さんは3勝からまさかの4連敗を喫し、絶好のチャンスを逸したのだった。

 第6局、7局とも有利とされる先手番だったが、渡辺竜王の「後手番急戦矢倉」という秘策の前に敗れた。自ら「人生観が変わった」と後日明かすほどのショックを受け、序盤研究の大切さに気がついたのでは、と。長岡さんは将棋専門誌に序盤研究の連載をもっていたので目に留まったのではと推測する。そして月1回、二人で対局する研究会を10年間続けてきた。

 羽生さんは著者との研究会のほかにも二つの研究会に参加しているという。そして棋戦前には相手の将棋やその傾向を確認、さらに流行の戦型などデータの研究を怠らないという。忙しい羽生さんがほぼ完璧に棋譜をフォローしているのは驚きだと書いている。

 本書の後半はタイトルにもあるAIと将棋のかかわりについてページを割いている。羽生さんは1996年版の『将棋年鑑』に「2015年、将棋でコンピュータが人間に勝つ日が来る」と答え、その予言は当たった。まだろくな将棋ソフトがなく、人間が負けることはあり得ないと、多くの棋士が語っていた時代に、予測していたことになる。

 チェスも強い羽生さんが、チェスでは強力なソフトが出現していたので、類推したのでは、と長岡さんは見ている。

もうプロはソフトに勝てない

 2016年、2017年とソフトが棋士に2連勝し、現役プロ棋士とソフトの対決シリーズに終止符が打たれた。その後もソフトは進化を続け、「平手で指した場合、プロがソフトに勝つ可能性は1%もない」という。だから対局中にソフトを参照することは厳禁だし、実際棋戦でトラブルも起きた。

 羽生さんも早くからソフトを研究に活用しているが、ソフトが絶対であると盲信していないそうだ。しかし、「新手」の多くがソフトに由来するのも事実。ソフトとの付き合い方は難しい。

 羽生さんはソフトの特徴は3点あると語っているという。「ソフトには恐怖心がない」「ソフトは時系列で考えない」「ソフトは思い込みがない」。

 ソフトが示す「人間らしくない手」が将棋の序盤で使われるようになり、羽生世代が若手に苦戦しているのも事実。いま昇り調子で話題の藤井聡太七段もソフトを研究に使っていることがよく知られている。

 著者は無冠になっても羽生さんは確実にトップグループにいるという。「タイトル通算100期」の偉業はいずれ近いうちに達成されると見ている。

 本欄では『永世七冠 羽生善治』(宝島社)、羽生さんがノーベル医学・生理学賞の山中伸弥さんと対談した『人間の未来 AIの未来』(講談社)を紹介している。  

  • 書名 羽生善治×AI
  • 監修・編集・著者名長岡裕也 著
  • 出版社名宝島社
  • 出版年月日2019年2月11日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・239ページ
  • ISBN9784800291660
 

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