2011年に『苦役列車』で芥川賞を受賞し、その無頼ぶりで注目された西村賢太さんには、根強いファンがいるようだ。西村さんの日記を書籍化した『一私小説書きの日乗』シリーズは、本書『一私小説書きの日乗 新起の章』(本の雑誌社)で第6弾となる。いま日記が次々と本になる作家は珍しい。破天荒ともいえる氏の私小説にデビュー以来親しんできた評者にとって、淡々とした記述は少し退屈に思えたが、作家の日常とはそうしたものだろう。
昼過ぎに起床し、「二時間弱サウナ」という書き出しで始まる日が多い。その後外食に出かけるようだから、サウナは家に備え付けなのだろうか? と想像したりする。
原稿の下書き、清書、ゲラの朱直しときわめて勤勉に執筆する日がほとんどだ。深夜に筆がはかどるのか、朝まで執筆する日も珍しくない。原稿はファクスやバイク便で送る。「文豪」は、パソコンやネットとも無縁なようだ。このあたりは「無頼派」らしく好ましい。
「酒と女」のイメージが強い西村さんだが、外で飲むことは意外と少ない。自宅では「夕張メロンサワーの五百ミリ缶を、二本だけ」「休肝日」「明け方四時に、三百八十円の白ワインを一本だけ」「本日も晩酌は控え目とす」「このところ、夕飯時には必ず生ビールも取ることが続いている。悪しき習慣」など、アルコールには気をつけているようだ。
案外まじめだな、と思っていると、いきなり「夜、買淫。中当たり」という記述が出てくるから油断はできない。でも、愛読者としてはほっとした気分になるから不思議だ。
西村さんは石川県出身の私小説作家、藤澤清造(1889-1932)の没後弟子を自称し、作中にも藤澤にかんする記述がしばしば出てくる。藤澤の月命日の29日には毎月、七尾市にある菩提寺への墓参を欠かさない。こんな具合だ。
六月二十九日(水) 藤澤清造命日。午前十時起床。入浴。 室内墓地(清造の最初に建てられた木製の墓標を、高さ二メートルの特注ガラスケースに入れてリビング内に設置してある)に新しき香華を手向けてから、外出。 夕方、能登空港から七尾入り。 六時過ぎに清造の菩提寺である西光寺へ伺う。 掃苔ののち、本堂にて法要。
自宅の中に墓標を置いてあるというから本物だ。こんなに師に忠実な弟子はいるだろうか。しかも没後に勝手に押しかけた弟子だというのに。西村さんが自分の分身として小説に造形した主人公、北町貫太の言動は一見すると不埒だが、西村さんの生き方には藤澤清造を顕彰するという太い一本柱が通っている。
その尽力により藤澤の代表作『根津権現裏』が新潮文庫で復刊された。あとは、西村さんが自費での刊行を準備してきた『藤澤清造全集』(全5巻、別巻2)の実現を待つばかりだ。この日記シリーズの刊行がその一助になれば、とファンは考える。
作家の日記、しかも艶っぽい内容で連想されるのは永井荷風の『断腸亭日乗』である。荷風は公開を意識して書いたとされるが、相手の女性については筆に遠慮がない。よくここまで書いたものだと感心する。
西村さんは「買淫。中当たり」とか「店舗型買淫。当たりではあるが、心は虚し」と記すのみだ。時代が違うと言えばそれまでだが、何か物足りない。そちらを期待する向きは小説で、ということだろうか。
ところで、このシリーズの第1弾は文藝春秋、第2弾から第5弾までは株式会社KADOKAWAから発行されてきたが、今回は本の雑誌社から出た。版元を移しながらの発行。著者に似てこのシリーズも案外しぶといのである。
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