読むべき本、見逃していない?

NHKの優秀な「調査報道」記者が辞める時

NPOメディアが切り開くジャーナリズム

 2016年、タックスヘイブン(租税回避地)の会社の設立を手がける中米・パナマの法律事務所から流出した内部文書を国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手、各国の提携報道機関が報道した。日本では朝日新聞と共同通信がかかわり、後にNHKも加わった。各国の現旧の指導者や親族の名前が明るみに出たが、日本では著名な経済人や大手企業がタックスヘイブンに会社を所有していることは伝えられたが、それらはただちに違法とは言えず、また国会議員の名前はなかったため、報道も盛り上がりに欠けた。

 この「パナマ文書」に続き、翌2017年にはバミューダの法律事務所から、さらに多くの内部文書が流出、同様にICIJを経由して各国の報道機関が報じた。

 本書『NPOメディアが切り開くジャーナリズム』(公益財団法人新聞通信調査会)は、NHKに在職中、「パナマ文書」報道に携わった立岩陽一郎さんが、ICIJなどNPOメディアと調査報道について書いた本だ。

NHKが「パナマ文書」で出遅れたワケ

 NHKが「パナマ文書」で少し出遅れた事情が興味深い。もともとNHKとICIJは、「パナマ文書」の以前からこの問題を取材する方向で交渉していた。ところが、協定書に署名する段階でNHKの迷走が始まったという。以下がICIJから示された条件。

・取材した内容は、プロジェクト参加者内で共有されなければならない。
・報道する内容についてはICIJに事前に通知し、報道開始の時間はICIJの指示に従う。
・報道に際しては、ICIJによってもたらされたプロジェクトであると明記する。

 「ほぼ上の了解は取った」とNHK側の責任者が言った数日後に状況が激変する。籾井勝人氏のNHK会長就任だ。同氏が反対した訳ではないが、同氏の言動をめぐり批判が飛び交う中で、NHK内でプロジェクトを議論する熱意が冷め、断念することになった。ICIJの相手からは「あなたを悪く言う気はないが、NHKはいったい、何がしたかったのか?」というメールが返ってきたという。

 それから2年後、「パナマ文書」報道にあたり、立岩さんは2016年の年内にNHKを辞めることが決まっていたこともあり、背水の陣で交渉に臨んだ。「仮に、NHKがパナマ文書にアクセスできるようになったとして、NHKは政治との距離を保てるのか?」と質問された。それは日本の政治家の名前が出て来たとして、その名前を政府や政党に伝えることがないか、ということを意味していた。それはない、と答え、了解された。先行していた朝日、共同もNHKの参加を認め、ドキュメンタリーの制作がスタートした。

 2016年11月27日、『NHKスペシャル』は「追跡パナマ文書 衝撃の"日本人700人"」というタイトルで日本に関する新たな事実を伝えた。その中には、多くの企業年金を喪失させ、詐欺の罪で有罪が確定していた元AIJ投資顧問の浅川和彦の名前も含まれていた。

アメリカに学ぶ非営利報道団体

 ここまでは、立岩さんと「パナマ文書」報道とのかかわりだが、本書では、アメリカで主要メディアから離れ、非営利団体を立ち上げて調査報道する手法を作ったチャールズ・ルイスの事績から紹介している。ABCテレビ、CBSテレビを経て、1989年非営利報道団体CPIを設立、ホワイトハウスに勤務した貿易交渉担当官の47%が退官後に外国政府や外国企業のエージェントとして働き、巨額な報酬を得ていることを報じた。これは公的な資料を分析した結果だった。さらに情報公開制度を使った手法も生み出した。

 立岩さんはNHKを退職後、認定NPO「ニュースのタネ」編集長、公益財団法人「政治資金センター」事務局長として活動している。アメリカで学んだ手法を日本で実践しているのだ。

 ところで立岩さんは本書を面白いエピソードから書き出している。2006年4月、始まったばかりの「ニュースウォッチ9」で立岩さんは、環境省の支出のほとんどが随意契約で、しかも相手の企業や団体にOBが天下りしている事実を報じた。その後、小泉政権は随意契約の原則禁止を閣議決定した。

 成果のある仕事をしたと思っていた立岩さんは夏に、東京の社会部から大阪への転勤を告げられる。査定は「B」。上司は「そういう報道は東京ではやらなくていい。大阪では思う存分にやってくれ」と言った。「そういう報道」とは調査報道のことだった。

 先週発売の「週刊文春」(2018年12月20日号)は、「森友スクープ記者はなぜNHKを辞めたか」という記事をトップで報じた。大阪報道部で森友関連の数々の特ダネを抜いた司法担当・相澤冬樹記者が記者の職務から外されるという「左遷」人事を受け、その後退職した経緯を本人が綴った。この独占手記で相澤さんは、安倍官邸中枢と通じる小池英夫報道局長の圧力があった、と書いている。

 いまや大阪でも「そういう報道」は認められない、ということらしい。あほか。

 「パナマ文書」「パラダイス文書」の報道について、本欄では『ルポ タックスヘイブン――秘密文書が暴く、税逃れのリアル』を紹介している。  

  • 書名 NPOメディアが切り開くジャーナリズム
  • サブタイトル「パナマ文書」報道の真相
  • 監修・編集・著者名立岩陽一郎 著
  • 出版社名公益財団法人新聞通信調査会
  • 出版年月日2018年3月30日
  • 定価本体1200円+税
  • 判型・ページ数四六判・289ページ
  • ISBN9784907087128

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