「あー、忙しい、忙しい」。知り合いの日本経済新聞の記者がバタバタしている。「どうしたの」と聞いたら、「履歴書だよ」という。日経新聞で「履歴書」といえば、朝刊最終面の連載「私の履歴書」のことだ。「××社の△△会長」の「履歴書」を担当することになったというのだ。
本書『「私の履歴書」61年の知恵』(PHPエディターズ・グループ)を見て、そんな昔話を思い出した。著者の吉田勝昭さんは類書をすでに何冊か出している。「履歴書オタク」といえるかもしれない。
副題に、「昭和31年から平成29年まで総勢819人が伝えたかったこと」とある。日経新聞は経済紙だが、この欄には文化人や学者、政治家、スポーツ選手などさまざま有名人が登場する。近年は「月替わり」で年間12人。新聞休刊日以外は休みなしだ。最近で浅丘ルリ子さんが小林旭さんとの「破たん」を語り、ニトリの創業者の連載なども話題になった。この欄を楽しみにしている読者は多い。
著書の吉田さんもその一人。本業はビジネスマン。1966年に関西学院大学法学部を卒業して日本ケミファに入る。常務取締役などを歴任したが、「履歴書」愛読が高じて「履歴書研究」にのめり込み、現在は勤労青少年団体協議会理事などのかたわら、「『私の履歴書』研究会」を主宰している。
本書の帯には「この研究にかけた著者の集大成!」と記されている。とにかく過去の掲載事例をすべて調べ上げ、リストも作り、特徴などを調べ上げているので、ご苦労様としか言いようがない。まるで「ウィキぺディア」だ。
「『道を究めた人物』しか語れない人生空間」では記憶に残る連載を取り上げ、「名経営者に学ぶ仕事術10話」では経営者の知恵を、「新たな発見が続出する『私の履歴書』の読み方」では出身地や学歴などをもとにトリビア的な分析を披露する。
一般の読者が案外知らなくて、興味深く思うのは「履歴書」の作られ方かもしれない。著者は担当記者のOBに話を聞き、さらに別のOBらが書き残した文献にも目を通して「名物コラムの秘密」に迫る。
登場人物をどうやって選ぶか。交渉や実際の執筆をどうするか。本人が自分で書くケースばかりではない。政治家の場合は政治部記者、経済人は経済関係の記者、文化人の場合は文化部の記者がゴーストライターになることがある。本人が書く場合も、30日分の連載を、行数も含めて締め切りに間に合うようにきちっと出せる人はほとんどいない。内容の事実確認や、読者の興味をひくようなシナリオ作りなど、担当記者の役割は大きい。したがって冒頭のエピソードのように、日々の仕事に加えて「履歴書担当」が降ってくると、日経の記者は大変なのだ。
本書を読んで、とくに同情したのは、掲載直前や掲載中に「筆者」が急死するなどのハプニング。月替わりの連載なので、そういう突発事態が一番怖い。まだ全部の原稿が出来上がっていなかった時はどうしたか。作家の城山三郎さんの例などが報告されている。
BOOKウォッチ欄でも、「履歴書」をもとにした「自伝本」を何冊も紹介してきた。小澤征爾氏『おわらない音楽』、日野原重明氏『人生、これからが本番』、池田大作氏『私の履歴書』などだ。
しかし「履歴書」はあくまで「自伝」であって、第三者が書く「評伝」ではない。中曽根康弘元首相ら有力政治家の「履歴書」は『保守政権の担い手』として文庫化されているが、その解説の中で、政治学者の御厨貴氏は、中曽根氏の「私の履歴書」の内容について「ハデな言動や君子豹変をくりかえした中曽根は、今まさに自らの行動を他者に、あるいは後世の読者に説得しようと、一生懸命なのだ」と記す。そして中曽根氏のそうした「饒舌」がこの「私の履歴書」で終わることなく、「さらに前人未到の回顧と提言をつづけていくのであろう」と手厳しい。田中角栄元首相も「履歴書」を残しているが、立花隆氏の『田中角栄研究』はそこに書かれていない部分に切り込んだ。「私の履歴書」は貴重な記録だが、注意して読む必要があることを示唆している。
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