歩いていて「ここから〇〇市」「ここから××県」などの看板を過ぎる際、見えない境をピョンと飛び越え、ささやかに越境を宣言したことはないだろうか。そうしたある種の達成感を求める気持ちが高じたものか、世の中には県境マニアを自称する人たちが少なからずいて、たまにテレビのバラエティー番組で紹介される。関連書籍もいくつか出版されている。
本書『ふしぎな県境』(中央公論新社)は、県境マニアの著者による最新刊。テレビなどで何度か紹介され観光地化している「3県境」や、ショッピングモールの内部を貫く県境から、マニアのあこがれという「盲腸県境」などを実際に訪れルポしたものだ。カラー写真や図解、地図が豊富に添えられ、このテーマならではの紀行集に仕上がっている。
3つの県の境が交わる「3県境」は、全国に48か所存在しているという。ところが、それらの場所は、本書によれば1か所をのぞいていずれも、標高が高い山上とか、河川や湖などの水上。マニアが県境を目指すのは、それをまたいで写真を撮るなど「遊びに行く」わけだが、ほとんどの場所にはそう気軽には近づけないのである。
だから3県境を目の当たりにでき、3県を3歩でめぐることができる唯一のスポットは「貴重」以上の存在。それは、埼玉、栃木、群馬が交わるところにあり、マニアの間では「柳生の3県境」と呼ばれているという。最寄の鉄道駅、東武日光線・柳生駅にちなんだものらしい。
SNSの利用が増え始めた2010年頃からインターネットで話題に。そのころは、農道や田んぼのあぜ道をたどって行き、近くに住む地権者の人がボランティアで立ててくれた看板で、やっとその場所が分かる秘境的なスポットだった。その後、テレビ番組でも取り上げられるようになり訪問者が増えたのを受け、3県が協力して「観光地」として開発・整備することを計画。18年4月に遊歩道が完成し散策を楽しめるようになった。
この3県境の地点を地図で見ると、その位置は関東地方のほぼ中央。地図によっては茨城県も接しているように見える。栃木県で3県境にかかわる栃木市は茨城県を巻き込んでの「パワースポット化」を目論んでいたらしい。本書によると米国には4州が交わる地点があるが、日本には4県境は存在しない。埼玉北部を含めた北関東4県境が接していれば、とくにマニアにとっては聖域にも近いスポットになっていただろうが、残念ながら、茨城県境は3県境から2.4キロほど離れていた。
著者が「盲腸県境」と呼ぶのは、山形、新潟両県の県境を割るようにして8キロにわたり伸びる福島県の領域のこと。縮尺の大きい地図でみるとなんとかわかるのだが、同県北西部の「三国小屋」から飯豊山(いいでさん=2105.1メートル)の山頂を経て「御西小屋」までの山脈が「福島県」に属す。途中には幅約1メートルほどの場所があり、そこでは、山形、新潟両県に片足ずつかけ、福島県をまたぐという、普通にはやりたくてもできない離れ業が可能なのだ。
この「盲腸県境」があるのは2000メートル級の山々が連なる場所で、こちらは簡単に遊びに行ける場所ではない。だからこそマニアあこがれの県境であるのだが、これまで、そこまでいって福島またぎをしたマニアはいない。「県境マニアとして、やらずになにがマニアかという気になる」と著者。本格的登山の経験などない身ながら「ガッツリした登山をしなければたどり着けない」県境に挑む。
「ふざけるという理由で登山して、うっかり死ぬのはいやなのでガイドの人についてきてもらうようにお願いした」。準備を整え、いざトライ。「柳生の3県境」とは違って目印などは何もない。だがなんとか、山形、新潟両県に割り込む福島県を観察し、同県をまたぐこともできた。マニアとしては本懐を遂げたのだが、この県境訪問で、マニアがマニアであるためには困難を克服しなければならないことを知った著者は「やはりどうしても書かせてほしい」と、この「盲腸県境」のセクションの大半を「危険すぎる県境で死にかける」経験などに費やしている。
「柳生の3県境」「盲腸県境」や、ほかのショッピングモールを二分するものなど他の県境についても、現在のようになっている理由が示されており、いずれもその成り立ちも興味深い。2県にまたがるショッピングモールでは、警察の出動などについても決まりがしっかりあるという。
近年さまざまなことでキーワードになっている「ダイバーシティー(多様化)」は紀行の世界にもあてはまりそう。リフレッシュ感誘う旅情ばかりではなく、ピンポイントなテーマや、マニアックな切り口のものも増えている。この県境モノはそのトレンドから生まれたものといえそうだ。J-CAST BOOKウォッチでは最近だけでも「秘境駅の謎」「消えた!東京の鉄道310路線」「日本全国駅名めぐり」などを取り上げている。
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