本を知る。本で知る。

おじいさんが山に「柴刈り」に行かないから、こんなことに

サルはなぜ山を下りる?

 京都市内や神戸市内でイノシシに襲われたとか、神奈川のベッドタウン相模原あたりで、クマが出てきて商店に侵入しようとしたとか、山の中に潜んでいると思われた動物が、ヒトの近くに現れたというニュースをしばしば耳にするようになった。

 本書『サルはなぜ山を下りる?』(京都大学学術出版会)は、そうした野生動物を巡る環境変化と、共生の方法について考察している。タイトルには「サル」とうたわれているが、他の動物についても論究されている。

人と野生動物の距離が近くなった

 著者の室山泰之さんは東洋大学教授(マーケティング学科・自然科学研究室)。元々は京都大学で霊長類学を学び、有名な霊長研で助手、助教授も務めていたサルや野生動物の専門家だ。

 確かに野生動物は身近になっている。室山さんのような研究者でさえ30年ほど前は、本州、四国、九州の野山を歩いていて、シカやイノシシ、ツキノワグマはもちろん、サルでさえ見かけることはほとんどなかったそうだ。ところが今ではさほど苦労せずにこうした中型哺乳類を見かける。こんなに人と野生動物の距離が近くなった時代は戦後なかったという。街中にもイノシシが出て来るぐらいだから、野山ではもっと跋扈しているのは当たり前かもしれない。

 その結果、全国各地で野生動物による農作物被害(獣害)が問題になる。様々な対策が立てられたが、なかなか被害は減っていない。これは、人と野生動物の関係が変化してきたことに、行政や集落住民が適正に対応してこなかった結果と著者は見る。「農家が適切な被害対策を実施し、行政が農家を経済的・労力的に支援するという体制を作れれば、人と野生動物との軋轢はもっと減らせる」というのが本書の主張だ。

必要な「もうひと手間」

 誰もが気づくのは、「野生動物と人間の生活空間に緩衝地帯がなくなってきた」ということだろう。戦後、植林が奨励されて山の様相が変わる。野生動物にとって山が暮らしづらくなった。一方、エネルギー革命で木材燃料伐採などの需要が減って、里山が放置される。おじいさんが「山に柴刈りに行く」、すなわち里山に入り雑木やその枝を刈って薪を集めることもなくなった。野生動物が山を下りて里に近づいてくる。明治以降初めての事態に我々は直面しているというわけだ。

 集落の近くまで姿を現すようになった野生動物は、そこに「餌」があることに気づく。そして様々な「被害」が発生するようになる。本書は「なぜいま集落周辺に野生動物がいるのか?」「行政による野生動物管理」「行政による被害管理」「捕獲で被害が減らせるか?」など11章に分けて、野生動物との共生の道を探る。

 著者の提言は「敬して距離を置く」。農家の毎日の作業を少し変えることで野生動物との新しい関係をつくることができる、と説く。その際に必要な「もうひと手間」についても具体的に記されている。本欄ではすでに野生動物関連で『日本のシカ――増えすぎた個体群の科学と管理』(東京大学出版会)も紹介した。日本には推計で300万頭もの野生のシカが生息しているそうだ。多くの都道府県では、シカの個体数を管理する部署と、シカによるさまざまな影響を管理する部署が異なっており、総合的に評価ができてない、なども指摘されていた。本書でも、同じように管理と保護を巡る問題についても言及されている。

  • 書名 サルはなぜ山を下りる?
  • サブタイトル野生動物との共生
  • 監修・編集・著者名室山泰之(著)
  • 出版社名京都大学学術出版会
  • 出版年月日2017年12月25日
  • 定価本体1800円+税別
  • 判型・ページ数四六判・195ページ
  • ISBN9784814001217
 

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?