コンプレックスが文化を形成してきたのではないかという仮説を立て、天然パーマ、下戸、解雇、一重、親が金持ち、遅刻、実家暮らし、背が低い、ハゲなど身体的特徴、性癖、家庭環境に起因するコンプレックスをもつ10人へのインタビューをまとめたのが本書『コンプレックス文化論』(文藝春秋)だ。当事者たちの迷言、珍言のオンパレードで、近年これほど笑った本はない。「文化論」にまで昇華されているかどうかはともかく、それぞれのコンプレックスがなにがしかの活動や生き方のスイッチになったようだ。
「親が金持ち」というのはコンプレックスになるのか果たして疑問だが、現役慶應大学生にして「昆虫好きクイズ女王」としてテレビ番組に出演、著書もある篠原かをりさんの場合、自分のアイデンティティの一番が「親が金持ち」になってしまうのが嫌だったという。自分の家が金持ちだと自覚したのは、高校時代、誕生日プレゼントにシャガールの絵を買ってもらった(もちろん本物)ことを話したらウケたことだった。ほかにミュシャも買ってもらったそうだが。
父親は彼女にモノを買うのが趣味で、鬼のように買ってくれるという。テレビに出演し、「男を飼っている」と発言したこともある。生き物を飼うのと同じ感覚で、貢いでいるのではなく、自分の方がお金をもっているから出すだけだという。「マンションを1棟買って、一部屋一部屋にダメな男を住まわせようと思う」とも。こうなるとコンプレックスをもはや突き抜けている。
臨床心理士としてテレビ出演することもある矢幡洋さんは怪しげなカツラを着用していることでも知られるが、「カツラは私のツール。人様の商売道具にケチつけるな」と意気軒高だ。番組を盛り上げようと、出演中にカツラを脱いだこともあるという。「ハゲだけはみんな安心して言えるから、差別パワーがハゲに集中しているんじゃないですかね」と話す。
著者の武田砂鉄さんは「結果的にメディアに出てくるハゲは、総じてポジティブ」として、「ポジティブハゲ」は、「仕事や趣味などのハゲ以外の領域で自分を誇れる男性と、それ以外の男性を分けてしまい、結果的に後者に一層の厳しい状況をもたらす」という須長史生『ハゲを生きる 外見と男らしさの社会学』(勁草書房)の議論を紹介している。ハゲは社会学の研究領域なのだ。
評者は若い頃から頭髪の問題に悩んできたが、コンプレックスが何かに昇華したとは思えない。コンプレックスはコンプレックスとして残ったままなのだ。冒頭、登場した人たちの話に吹きだしたと書いたが、しょせん他人はそんなもんだ。
武田さんも「この本を読んで、対象となったコンプレックスを解消してください、なんて露ほども思わない」「コンプレックスには世の理不尽が付着してくる。それを外から剥がすことはできないけれど、飼い馴らす方法の選択肢のひとつくらい提供できれば嬉しい」とあとがきに記している。
武田さんは出版社勤務を経て2014年からフリーライターに。著書に『紋切型社会』(朝日出版社)、『芸能人寛容論』(青弓社)がある。
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