長く東京新聞に勤めてきた著者の吉岡逸夫さんが、64歳にして「卒業制作」として取り組んだ企画だ。こんなにきつい取材はかつてなかったという。夜の東京でうごめく、あまり生態が知られていない人たちのルポルタージュだ。
とにかく取材相手のアポが取れない。あるいは土壇場でキャンセル。何度もやめようと思ったという。最終的には14回の連載になったが、終わってから病気になったそうだ。
東京新聞には、ちょっとユニークな記者が多いような気がする。たとえば『新聞記者』という新書を書いて、最近注目されている望月衣塑子さん。記者会見でのストレートな発言ばかりが話題になるが、地方記者時代は朝5時から、警察幹部と一緒にランニングをしていたという元気な人だ。
本書『夜の放浪記』(こぶし書房)を書いた吉岡さんも相当ユニークだ。米国コロンビア大学大学院修了という立派な学歴もあるが、青年協力隊員としてエチオピアに渡り、現地のテレビ局や、飢餓難民救済委員会で働いていたこともある。新聞社ではカメラマン、記者として世界69か国を取材したという。海外取材の多さでは、大手マスコミの記者の中でもずば抜けているのではないか。
これまでにも『白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』、『イスラム銭湯記―お風呂から眺めたアフガン、NY、イラク戦争』、『当たって、砕けるな! 青年海外協力隊の流儀』、『なぜ記者は戦場に行くのか―現場からのメディアリテラシー』など直球から変化球まで多数の著書がある。
経歴を見てもわかるように、吉岡さんは「ヤワ」な人ではない。しかし、今回の取材では苦労したという。取材にたどりつくまでのトラブルが多い。取材にこぎつけても、半分は掲載を断られる。「夜に働いている人たちは、どこかに傷を負っていたり、複雑な事情を抱えていたりする人が多いのです」と振り返る。
何とか記事にできたのが、73歳の元祖トラック野郎、流しの歌姫、夜の焼鳥工場、明治神宮野球場での集団ヨガ、深夜の都心徘徊ウォーク、渋谷のイスラム・ラマダンや江戸川区小岩のリトルバンコクなど。さらに「番外編」として24時間保育園、夜の駄菓子屋、会員制の〝のぞき〟や北区王子の「狐の行列」が追加されている。
こういう記事を書く場合、どうしても小説や映画の引用をしてみたくなるものだが、本書にはそういうあざとさがない。吉岡さんは等身大で登場人物に寄りそい、話を聞いてメモを取る。ドラマは彼らの語りの中にあるからだ。東京新聞伝統の庶民感覚と、記者目線の低さが吉岡さんの中にも生きている。
この企画を新聞で連載しているとき、「会社から褒められたり、評価されたりすることはまるでなかった」とも書いている。ひょっとしたらそれは、東京新聞でさえも、官僚化しつつあるということへの遺言だろうか。
今は大学でも教えているそうだ。紛争国はもちろん、怪しい「のぞき」の取材までしているのだから、きっと面白い体験談満載の笑いが絶えない授業に違いない。
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