先ごろ自死された評論家の西部邁さん(1939~2018)は、よく知られているように若いころ学生運動に深く関わっていた。
本書『六〇年安保―センチメンタル・ジャーニー』(洋泉社)は当時のことを回想しながら、様々な思いをつづった本だ。
もともとは1986年に文藝春秋から単行本として刊行されている。すでにその少し前に『経済倫理学序説』(83年)で吉野作造賞、『生まじめな戯れ』(84年)でサントリー学芸賞を受賞し、『大衆への反逆』(83年)なども含めて気鋭の保守の学究として注目されていた時期だった。
かつてこの単行本版を読んだときのことを、今でも覚えている。この人は文章が上手い、理詰めの論理を展開するよりも、むしろ文学の方が向いているのではないか、小説を書けば芥川賞をとれる人だなと思った。
その後、記憶の中から零れ落ちていたのだが、今回、新書版で再読してそれらしい記述を発見した。高校3年の時に、「何を血迷ったか、大学受験の直前まで小説らしきものの盲目的習作に没頭し・・・」という個所があった。やはりこの人は、「文学」が根っこにあった人なのだなと再確認できた。
本書は1958年、北海道から一浪で東大に合格し、ほどなく学生運動の渦中に身を投じた著者の「愚見と愚行」の記録だ。入学半年後には自治会の副委員長、一年半後には自治会委員長と都学連副委員長、そして全学連中執を兼ねるようになり、「ブント(共産主義者同盟)」の主要なるメンバーとして60年安保闘争の最前線に立った。いろいろと難しい政治的な話も出てくるが、著者の根っこは「文学」にあるから、激流下りの小舟に乗って、一本気な船頭の昔話を聞いているような感じで、ひやひやしながらも爽快感がある。
とりわけ、伝説のリーダー、元全学連委員長の唐牛健太郎氏(1937~84)との長い交友について記された部分が白眉だろう。
著者は大学に入る前から唐牛氏を知っていた。北海道大の自治会委員長でもあった唐牛氏は、同じ北海道ということで、著者の一歳違いの兄のオルグに自宅まで来たことがあった。そのころ、兄に聞かれたことがある。「お前は、東大に入ったら学生運動をやるのか」。ただちに「やります」と答えていた。
60年安保当時のことについて四半世紀にわたり沈黙を続けていた著者が、本書を著すことになったのは84年の唐牛氏の死がきっかけだと明かしている。北海道時代からの長い付き合い。旧知の活動家仲間の多くは、唐牛氏の苛烈な人生について執筆するよう著者に慫慂した。
「その誘いには、唐牛健太郎を私に語らせることによって彼ら自身の過去へのノスタルジアを満たしたいという気持ちがあったのかもしれない。そうだとしても、それに目角を立てる気は私にはない。追憶にもそれなりの価値があるのだということを知りうる年頃になっているのである」。
怜悧な西部氏のことだから、政治的にも早熟だったのではないかと思っていたのだが、マルクスもレーニンもトロッキーも読んだことがなかったという。だが、「情念」はあった。敗北する同志を横目で見て通り過ぎることはできない。せめて彼らと等しく敗北する、というのが自身の作った「幼稚な物語」だったと振り返る。いわば義理と任侠の人なのだ。滅びの美学というか。ここでも「文学」が垣間見える。BOOKウォッチで昨夏紹介した『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』でも、そうした無菌状態の地方の高校生が、熱情で学生運動にのめり込む様子が描かれていた。似ているところがある。
本書の中で一か所、きわめて興味深かったところをあげておきたい。62年の夏ごろ、獄中にいる唐牛氏を宇都宮刑務所まで面会に行ったくだりだ。著者と一緒に行ったのは青木昌彦氏(1938~2015)。元ブント指導部の俊才で、のちにスタンフォード大教授として活躍、ノーベル賞候補のうわさもあった人だ。有名人のそろい踏みで、まるでインテリやくざ映画のワンシーンだ。
もちろんほかにも多数の同時代の関係者の名前が登場する。国会突入時の混乱で死去した樺美智子氏(1937~60)は、何かのデモの途中で座り込んでいるときに、著者に共産党の歴史についてレクチャーをしてくれたという。
新書本のあとがきで、評論家の宮崎学氏は、多士済々だった「ブント」を「若衆宿」に例えてこう記す。「昔、東大駒場のブントという名の若衆宿に西部邁という男がいた」
西部氏の父は浄土真宗の末寺の末男だった。学業は優秀だったが、複雑な家庭の事情で少々グレてしまい、苦労したという。真宗は一向一揆などで激しく権力に抵抗して多数の殉教者を出したが、江戸時代になって幕府との関係を修復し最大宗派になった。西部氏の波乱の歩みを振り返っていると、そのDNAの一端に「真宗の苛烈な歴史」が投影されているような気もした。
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