「ミスター・ラグビー」として知られた平尾誠二さんは、末期の肝内胆管癌を公表せず回復に望みを託して闘病を続けていたが力尽き2016年10月20日、永眠した。告知からほぼ1年後、53歳で迎えた早過ぎる最期。それでも病気が分かって考えられていた余命を超え、平尾さんは19年のラグビーW杯日本大会に想いを馳せていたという。
平尾さんの闘病生活の支えに大きな役割を果たした一人、ノーベル賞受賞者の山中伸弥さんが、平尾さんと過ごした「最後の1年」と、それまでの友情の物語を綴った。平尾さんと、平尾さんの惠子夫人との共著として。
平尾さんと山中さんは、生年は一つ違うが学年が同じこともあり、40歳半ばを過ぎてから知り合ったものだが意気投合し、お互いを「無二の親友」と思う間柄になったという。
山中さんにとって、平尾さんは、伏見工高ラグビー部で活躍していたころから「憧れ」の存在。それが動機ともなって、山中さんは大学でラグビーを始めたものだ。最初のコンタクトは、そんな山中さんの思いを知っている、2人に共通の知人を通じて実現した電話による短い会話だった。
直接の対面は、その2年後の2010年9月。週刊誌の対談企画だった。山中さんは「平尾さんは想像していたイメージそのまま、いや、それ以上に素敵な方でした」と述懐。その後メールの交換があり、食事の機会を設け、さらに「1、2か月に一度くらいのペースで会って食事やゴルフをするように」なった。
山中さんは「お互い、五十に手が届くような年齢でしたが、僕らは急速に仲良くなり、やがて、無二の親友のようになっていきました。こういうことは稀だと思います。少なくとも僕は、取材がきっかけでこんなに親しくなった人は彼以外にいません」と述べる。それは、なにより平尾さんの「繊細さ」が山中さんの心に沁みたから。常に相手のことを考え、準備や気配りを欠かさなかったという。
山中さんは12年に、iPS細胞(人工多幹性細胞)の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞。平尾さんらしい気遣いで、受賞の発表からしばらく間を置き、落ち着いたころを見計らってお祝いの連絡をしてきた。このころには平尾さんとは、家族ぐるみで付き合うようになるほど親しさを増していた。
平尾さんが病魔に見舞われている知らせは突然もたらされた。平尾さんに告知があったのは15年9月12日のことだったが、その前日には、平尾さんは友人らとゴルフをし、夜になって山中さんらと食事をしている。その時は、特に痩せたということはなく普段と変わらぬ様子だった。その2日後、平尾さんは山中さんに電話をしてこう告げた。「実は先生と別れたあの晩に血を吐いて。どうやら癌みたいです」
山中さんによると、その時の病状は「こうなるまで気づかないものなのか」と思うくらい大変なもので、知り合いの医師からは年を越せない可能性が高いらしいことを聞かされた。これには声をあげて泣いたという山中さん。この後、平尾さんの闘病を支えることでさらに友情を育んでいく。
がん治療では、「免疫療法」が、皮膚がんや肺がんで劇的に効くという臨床結果が出ていて、山中さんは「まだまだ希望はあるなと」と考えていた。整形外科医の山中さんは、知人のがん専門医に話を聞くなどして情報収集。平尾さんは山中さんの提案にいつも「じゃあ、それでいこう、先生」と応じていたという。山中さんはメールのやり取りを続けながら、頻繁に入院中の平尾さんを訪問。その体調の変化をリアルタイムで把握しているほどだった。
免疫療法から抗がん剤による治療を始め、体調は安定しており、当初考えらえた「余命」を超えて年が変わった16年2月、平尾さんの依頼で神戸で開かれるトークショーに2人で出ることに。ところがスケジュールを確認すると、山中さんの日程には2年前から決まっていた米国での会合が入っていた。なんとか航空便を調整し、会合には遅れて参加することにし対談を実現。周囲からは平尾さんが痩せたという指摘や、話し方の変調を気にする声が上がったが、平尾さんは病気のことには全くふれず19年のラグビーW杯のことを熱心に語っていたという。
山中さんはこのとき、まだまだ逆転がある。W杯は一緒に観に行けるはずと信じていた。しかし、対談はこれが最後になった。
その後、8月までは話ができた平尾さんだったが、9月にはそれも難しくなり、中旬には感染症で緊急入院。10月になると声が出せないようになっていた。山中さんは米国への出張に出発。帰国翌日の19日に病院を訪ね、これが平尾さんと過ごした最後の時間になった。翌朝、主治医から旅立ちを報告する電話を受けたという。
山中さんは17年2月に行なわれた、平尾さんをしのぶ「感謝の集い」で「きみの病気を治すことができなくて本当にごめんなさい」と遺影によびかけていた。その言葉は参列者の魂を揺さぶる響きがあった。本書では、その絆がどう結ばれ、どう強めていったかが綴られている。
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