「遠回りしても 守るべき道をゆけ 私でいい 私の歩幅で生きてくのさ」(Beautiful)
人気アーティスト・Superfly越智志帆さんがつくる歌詞には、優しさと強さ、穏やかさと激しさが同居している。落ち込んでいる時や、ここ一番の勝負の前に聴いているという方も多いだろう。
パワフルでポジティブ。そんなイメージのある越智さんだが、プライベートでは意外にも、「コミュニケーションが苦手で、怖がりで家好き」。聴く人の心を揺さぶる彼女の歌詞も、実は、なにげない日常の中から生み出されている。
4月13日に発売された越智さん初のエッセイ集『ドキュメンタリー』(新潮社)は、日常で心を動かされた出来事を、彼女ならではの感性で綴った一冊だ。コロナ禍の2020年7月から翌4月にかけて、ウェブメディア「考える人」で連載した原稿に、大幅に加筆修正を加えたもの。
デビュー16年目を迎え、昨年5月には第一子を出産。歌手としても人としても一段と深みを増した越智さんが、歌詞でなく文章で表現したのは、「パブリックイメージとはかけ離れた自分」だ。心の奥底にしまっていた発見や気づきを、誰かに語り掛けるような文体で18篇のエッセイにまとめている。
感受性が豊かで、目のつけどころが面白い。なかでも表現力が際立っていると感じたのは、「毛髪一本勝負」のエピソードだ。太くて毛量が多く、伸びる速さが「人の約2倍」という越智さん。センター分けのロングヘアがトレードマークだったが、30代でベリーショートに。「断髪式」一発目のハサミは自分で入れたという。そして、切断されて束になった髪の断面をこう表現している。
それはそれは極太で、エノキ茸を包丁でカットした断面とそっくりでした。(本文より)
そうしてショートになって快適な生活が始まったが、伸びるスピードが目立つようになり、誰かに会うたび「髪、伸びましたね」と驚かれる。あまりに何度も言われるのでネガティブな気持ちになり、コンプレックスを解消すべくブリーチをして細く柔らかくしようと格闘すること数か月。「おそらく平均的で、扱いやすい毛質」になったある時、鏡を見てこんな発見をした。
我々を悩ませるコンプレックス(特に外見)、集団生活の中で個々を見分けるために神様(?)がわざと与えてくれたものではないか?! と思ったのです。(本文より)
エノキ茸になぞらえるセンスも独特だが、コンプレックスを「神様の贈り物」と捉えて他者との違いを受け容れようとするところに、越智さんの愛を感じる。映像が浮かび上がってくるような、細かな描写はまさに「ドキュメンタリー」だ。
発売日に行われた刊行記念の記者会見で、タイトルに込めた思いを聞かれ、「エッセイは映像に似ていると思います」と答えた越智さん。本書の中でも、「『歌詞』と『文章』には、『写真』と『映像』のような違いを感じました」と書いている。文字量に限りのある歌詞では無駄を切り詰め、瞬間を切り取るが、エッセイでは「常にカメラがあって、隅々まで撮られている感覚」があるという。書くときは、普段は見せない自分をオープンにしようと心がけた。だから、「カッコ悪い私がたくさん描かれています」と笑う。
書く体験を通して、自分の中に「かなり変化を感じた」という。もともとコミュニケーションをとるのが苦手だったが、飾らない言葉で自分の考えを明かしたことで、気が楽になった。周囲のスタッフにも「志帆っていつもこんなこと考えてるんだ」と伝わり、距離がぐんと近づいたと感じている。チームの結束もより強まった。
「2冊目の予定は?」と担当編集者に聞かれ、「ないです」と即答したが、文章を書くことには前向きだ。「心って形がないし、目に見えない。だけどそれが形になっていくのが文章だなって。ものすごい表現の方法だなと思ったので、歌詞を書く前に、本気でエッセイ風のものを書いて、作詞につなげていくのも面白いかなって思いました」。今回のエッセイもすべて、メロディがあれば歌詞になることばかりだと言う。
本書の目玉ともいうべき最終章は、「母になること、私であること」。今回、特別に書き下ろした一篇だ。結婚2年目で妊活を始めたこと、妊婦生活、出産の瞬間までをドキュメンタリータッチで詳細につづっている。小さな命と出会えた時の、越智さんの言葉にグッとくる。
自らを肯定し、目の前の相手と世界のすべてを愛する、そんな越智さんの「歌のタネ」が詰まったエッセイ集。ファンならずとも、その世界観に引き込まれるに違いない。
■Superfly越智志保さんプロフィール
すーぱーふらい おち・しほ/1984年2月25日生まれ、愛媛県出身。2007年にシングル『ハロー・ハロー』でデビュー。翌年、1stアルバム『Superfly』をリリースし、オリコンアルバムランキング1位を記録。以降、オリジナルアルバム及びベストアルバム6作品でオリコンアルバムランキング1位を獲得。「愛をこめて花束を」('08)、「タマシイレボリューション」('10)、「輝く月のように」('12)、「Beautiful」('15)、「フレア」('19)、「覚醒」('19)、「Farewell」('22)などドラマや映画の主題歌となったヒット曲多数。シンガーソングライターとしてのオリジナリティ溢れる音楽性、圧倒的なボーカルとライブパフォーマンスには定評があり、デビュー16年目を迎えてもなお進化を止めずに表現の幅を拡げ続けているアーティスト。
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