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椎名林檎の音楽は、どこがどうすごいのか。

椎名林檎論 乱調の音楽

 日本を代表する歌手・椎名林檎。絶大な人気を誇りながらも、その音楽に関する評論はあまりに乏しい。椎名林檎の音はなぜかくも多くの日本人の心をとらえるのか――その理由は、歌詞の意味だけ追っていても見えてこない。「音」そのものの分析が必要だ。

 批評家の北村匡平さんが、椎名林檎デビューから現在に至るまでを網羅した音楽評論に挑んだ。2022年10月11日に発売された、『椎名林檎論 乱調の音楽』(文藝春秋)だ。

 1999年発売のファーストアルバム『無罪モラトリアム』から、2021年発売の東京事変『音楽』まで、ソロとバンドの全てのオリジナルアルバムが1章ずつでたっぷりと語られている。ファンはもちろん、音楽好きなら絶対に押さえておきたい大著だ。


 本書から、初期最大のヒット曲「丸ノ内サディスティック」を論じた内容を一部ご紹介しよう。

 まずこの曲に特徴的なのは、「一つの音符に複数の音を詰め込むテクニック」だと北村さんは指摘する。たとえば出だしは、「ほう」「しゅう」、「にゅう」がそれぞれ一つの8分音符に詰め込まれ、16分音符2つに「しゃ・ご」が素早くのせられ、再び「へい」「こう」「せん」が1つの音符に詰め込まれている。この音の詰め込みが、「日本語のグルーヴ(乗り)」を生み出していると北村さんは言う。試しに、出だしの音符に1音ずつ「ま・る・の・う・ち」と当てはめて歌ってみると、全く「乗れない」ことがわかる。

 また、この曲に特徴的なのが巻き舌だが、1番のAメロ・Bメロには一切登場せず、サビになって初めて使われる。最もはっきりと巻き舌をするのが「ラット」のRaだ。ここでは、譜面上の「ラ」の音の音符がやってくるわずかに前から、先走って巻き舌が始まる。これがまた、独特なスピード/グルーヴ感を生み出しているのだ。

 「丸ノ内サディスティック」は、もともと英語でつくられ(原題はA New Way To Fly)、日本語に直された曲だ。英語詞と日本語詞では意味は全く異なり、そのかわりに「発音」「語呂感」が継承されている。椎名林檎の日本語のかっこよさの理由は、日本語の「音」にあったのだ。

 このように、当たり前に聴いていた椎名林檎の音楽のどこがどうすごいのか、北村さんはあらゆる角度からみるみる言語化していく。本書を読み終わって再び椎名林檎を聴けば、そこには全く新しい景色が広がっているはずだ。

【目次】
序章 全てを読み込む音楽批評
第1章 現在進行形の衝動
    ――『無罪モラトリアム』の衝撃
第2章 宙吊りと緊張感
    ――『勝訴ストリップ』と分裂
第3章 新宿系自作自演屋
    ――平成の偶像と愛好家
第4章 音楽を魅せる
    ――椎名林檎の映像美学
第5章 ロックファンとの別離
    ――擬古典派の『加爾基 精液 栗ノ花』
第6章 豪雨の最中の旗揚げ
    ――東京事変という『教育』機関
第7章 楽団を再起動する
    ――『大人』の事変サウンド
第8章 座長など要らない
    ――『娯楽』の規格外の音像
第9章 鎧を脱ぎ捨てること
    ――未来志向の『三文ゴシップ』
第10章 フィジカルな限界の先
    ――前衛的でポップな実験作『スポーツ』
第11章 溶けあう才能
    ――千秋楽の『大発見』
第12章 目抜き通りを歩く
    ――逆襲する『日出処』
第13章 本物と協働する
    ――客演で連帯する『三毒史』
第14章 自由と食べること
    ――『音楽』を再生する東京事変
終章 全てを呑み込む椎名林檎

あとがき

■北村匡平(きたむら・きょうへい)さん
1982年山口県生まれ。映画研究者/批評家。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了、同大学博士課程単位取得満期退学。日本学術振興会特別研究員(DC1)を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院/科学技術創成研究院未来の人類研究センター准教授。専門は映像文化論、メディア論、表象文化論。『スター女優の文化社会学――戦後日本が欲望した聖女と魔女』(作品社、2017年)にて第9回表象文化論学会・奨励賞受賞、『美と破壊の女優 京マチ子』(筑摩書房、2019年)にて令和2年度手島精一記念研究賞・著述賞受賞。著書に『24フレームの映画学――映像表現を解体する』(晃洋書房、2021年)、『アクター・ジェンダー・イメージズ――転覆の身振り』(青土社、2021年)、共編著に『リメイク映画の創造力』(水声社、2017年)、『川島雄三は二度生まれる』(水声社、2018年)、翻訳書にポール・アンドラ『黒澤明の羅生門――フィルムに籠めた告白と鎮魂』(新潮社、2019年)、共著に『ポストメディア・セオリーズ――メディア研究の新展開』(ミネルヴァ書房、2021年)、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社、2022年)などがある。


※画像提供:文藝春秋


   
  • 書名 椎名林檎論 乱調の音楽
  • 監修・編集・著者名北村匡平 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年10月11日
  • 定価2,200円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・392ページ
  • ISBN9784163916064

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