エッセイの名手は数々いるが、ロングランの連載で群を抜いているのは作家の林真理子さんだろう。『週刊文春』では1983年8月4日号から、"時代を映すエッセイ"として「今宵ひとりよがり」がスタート。「今夜も思い出し笑い」「マリコの絵日記」「夜ふけのなわとび」とタイトルは変わったが、足かけ39年に及ぶ人気長寿連載に。2020年には「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」(7月2日時点で1655回)として、ギネス世界記録に認定されている。
林さんといえば、処女作であるエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーとなり、鮮烈なデビューを飾った。その後、『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞を受賞。『白蓮れんれん』など数々の文学賞を総なめにしている。『不機嫌な果実』では主婦の不倫に迫り、『anego』ではキャリア女性の苦悩をテーマに。『下流の宴』では格差社会を描き、近著の『小説8050』では引きこもりの問題を取りあげるなど、現代社会を鋭く切り取る作風で話題を振りまいてきた。
一方、エッセイでは、等身大の「マリコ」の視点で時事問題から芸能ネタまで幅広く突っ込んでいく。美食・美容・ファッション・芸事などへのあくなき探究心も発揮され、年齢を重ねても"バブル"が似合う人だなあ......と思う。
そんな林さんの最新エッセイ集が『カムカムマリコ』である。ここには『週刊文春』で連載された、2021年1月から12月までの一年間のエッセイが収録されている。それがなぜ気になるかといえば、まさにコロナ禍の最中である。さすがに外出はままならず、自粛生活の中ではテーマも限られるのでは......と思いきや、日々の出来事を楽しむ「マリコ」の流儀は健在だったらしい。本書は、こう始まる。
〈あけましておめでとうございます。昨年はあまりにも大きな災いが天から降ってきて、現実に起こったこととも思えない。
しかし怯えてばかりもいられなかった。マスクをし、手洗いをし、仕事を一生懸命にして、なんとか日常生活を保っていた気がする。〉(「あちらはあちら」)
それでも箱根駅伝を見ていたら、無性に行きたくなってきて、娘がネットで予約してくれた、リーズナブルだけれど食事がおいしいという温泉旅館へ。箱根路をタクシーで走りながら、駅伝を走る学生たちに思いをはせる。
やがて東京オリンピック開催が決まり、故郷の山梨で聖火リレーを走ろうと思い立つ。「枯れ木も山のにぎわい」とエントリーすると、早起きして近くの公園を走り始めたという。
〈そもそも私は、「飽きるまではとことんやる」という性格だ。ほどほど、ということを知らない。
走るとなると毎日走るし、ゴルフレッスンも週に三回行く。そのうえ先生からの、「ハヤシさんは肩がちゃんと動いていないよ」というアドバイスの下、ストレッチボールを購入した。丸太状のポールの上に仰向けに寝転び、腕を左右に動かす練習を始めたのである。
ここまで来たら新しい道具が欲しいところであるが、「どうせすぐに飽きるんだから、まずはこれを使いな」と夫が三十年前のクラブを、ガレージの奥から引っぱり出してきた。私の性格を見抜いているから仕方ない。
しかし今はつかの間の、スポーツ少女ならぬスポーツおばさん。オリンピックはどうなるかわからないが、とにかく私は走る、と決めた。〉(「走ると決めた」)
自粛生活の中ではさまざまな断捨離も思い立ったという林さん。それはバブルの頃にパリへ飛び、シャネルでオーダーしたモノクロのスーツだった。そのスーツがクローゼットの床にぐちゃぐちゃになっているところを発見し、某服飾博物館に寄贈したそうで、こう締めくくる。
〈コロナがなかったら、洋服の整理もしなかったし、断捨離も思いつかなかった。過去の遺物が、災いによって陽の目を見たのである。めでたし、めでたし。〉(「めでたしめでたし」)
家での楽しい時間といえば、朝ドラやネットフリックスのオリジナルドラマにはまり、自民党総裁選や皇室問題などの報道も欠かさずチェックする。
〈対談の仕事を終え、タクシーに乗ったところ、たくさんのLINEが入っていた。
「記者会見見た?」
「眞子さま、すごく怒ってたよね」
そして何人かから、
「ハヤシさん、どう思った? 書くんでしょ」興味シンシン。こう返事をした。
「仕事で見てません。それにこのあいだ週刊文春に『無視という祝福をさし上げたい』って書いたばっかりだから、何もしないよ」
そうは言ったものの、つい気になってユーチューブを調べた。〉(「被害者という言語」)
読み終えたとき、コロナ禍の一年間が鮮明によみがえってきた。これからはどんな世の中になるのだろうか、とも気にかかる。そういえば、林さんはこの7月から母校である日本大学の新理事長に就任するのだ。不祥事に揺れた同大で「"マッチョな体質"を改革したい」と語っていた林さん。いかに教育現場に鋭く切り込んでいくのか、大いに期待したいところである。
歌代幸子・ノンフィクションライター
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