「こども時代は本当に短いものです。長い人生のほんのひととき。なのにプリンのカラメルソースみたいに他の部分とはちがう特別な存在です」――。
近年、『スナックキズツキ』(主演 原田知世)や『僕の姉ちゃん』(主演 黒木華)などが相次いでドラマ化されたことでも話題の益田ミリさん。
6月15日に刊行される『小さいわたし』(ポプラ社)は、益田さんの4年半ぶりとなる書き下ろしエッセイ。自身の「短くて特別なこども時代」を、こども目線で描いている。みずみずしく、ユニークで、読んでいてなつかしい感じがする。
本書を紹介したトピックス「短いこども時代の思い出。『小さいわたし』はこんな毎日を生きていた。」はこちら。
BOOKウォッチでは、こども時代のかけがえのない一瞬を切り取った57のエピソードから、4つのエピソードを【試し読み】でお届け(全4回)。
2回目は「絵の具をまぜてごらん」。まわりとのちょっとした違いが、あたかも重大な問題かのように思ってしまう。「わたしのだけが○○だったらどうしよう」という感じ、身に覚えがある人も多いのでは。
(以下、本文より)
絵の具をまぜてごらん
「また見てるの?」
ママが言った。
買ってもらった絵の具セット。中には水彩絵の具、パレット、筆がきれいに入っている。
明日ははじめての図工。わたしはみんながどんな絵の具セットを持ってくるのか心配だった。わたしのだけが大きいサイズだったらどうしよう。
朝になったらもっと心配になっていた。それで、
「わたしのはみんなのより大きくないと思う?」
ママに聞くと、
「いっしょと思うよ」
ママは言った。
学校に行く途中、絵の具セットを持っている子を探した。みんな同じくらいの大きさだった。
教室に入ると、先生が「絵の具セットは黒板の下のフックにかけなさい」と言った。自分の名前の下にフックがあり、体育がある日はそのフックに体操服をかけておく。今日は絵の具セットがたくさん並んだ。
図工は一時間目ではないので、すぐには使わない。わたしは自分の席から黒板下のみんなの絵の具セットを見た。よく見るとちょっと大きいのも、ちょっと小さいのもあった。古いのもある。いろいろだった。
図工の時間がきた。先生が大きな白い画用紙をみんなに配った。
「パレットに全部の色の絵の具を出してみよう」
先生は言った。
わたしもみんなもほんの少しずつしか出さなかったので、
「もっとたくさん出しなさい」
先生は言った。
一色ずつ画用紙に色を塗ってみることになった。一色使うたびに筆をきれいに洗い、また次の色を塗らないといけない。
失敗したらどうしよう。わたしはドキドキした。みんながはじめるのを待って、まねして塗った。
白い画用紙にいろんな色がついていく。
きれいだなぁ。楽しいなぁ。
わたしはもうドキドキしていなかった。
「今度はパレットの上でいろんな色をまぜて、新しい色を作ってみよう」
先生が言った。
わたしはまたドキドキした。色を作る? どの色とどの色をまぜればいいんだろう?
「先生、ピンクできた!」
遠くの席から声がした。
みんなびっくりして「ええっ?」と言った。
「ピンクを見せてもらうといいよ」
先生が言ったので、みんなでその子の席に集まった。
「どうやって作った?」
「赤と白をまぜた」
その子はちょっといばって言った。それで、みんな席に戻って赤と白をまぜてピンクを作った。
「先生、水色できた!」
別の子の声がした。
「どうやって作った?」
先生が聞くと、
「青と白をまぜた」
その子が言ったので、今度はみんな水色を作った。ふたつをまぜるとちがう色ができる。不思議だなぁ。それからはひとりでいろいろ試してみた。
「全部まぜたらうんこ色!」
だれかが言って、みんなが笑った。
先生がもう一枚新しい画用紙を配った。自分が作った色でマルとバツと三角を描いて、先生に見せに行くことになった。
黄色と青をまぜると緑になった。赤と黄色をまぜると夕焼けみたいなオレンジ。
色ってどんどん作れる。
百個くらい作れるかもしれない。
いろんな色のマル、バツ、三角が描けた。画用紙いっぱいになったのでみんなの列に並んだ。先生に早く見てもらいたい。
けれども、わたしの画用紙を見たうしろの子が「あー、まちがってる!」と言った。
「色は3つだけなんだよ!」
よってきたまわりの子たちも「まちがってる!」と言うのだった。先生が3つの色のマル、バツ、三角と言ったのをわたしは聞いていなかった。わたしの画用紙にはたくさんの色のマル、バツ、三角があった。
みんなとちがうことをしてしまった。
まちがえたんだ。
なみだが出てきた。
悲しい気持ちで先生に見せると、
「おお、きれいだなぁ」
と先生は言った。
そう? 先生もきれいと思った?
わたしもきれいと思ってたんだよ!
わたしは心の中でうれしくなった。
見るもの聞くものすべてがはじめて。おとなになって振り返ると、いろいろな日があったけど、それでもキラキラして見える。こども時代はそんなものかもしれない。【試し読み】3回目「くじ引き」もお楽しみに。
■益田ミリさんプロフィール
1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、エッセイ『おとな小学生』(ポプラ社)、『しあわせしりとり』(ミシマ社)、『永遠のおでかけ』(毎日新聞出版)、『小さいコトが気になります』(筑摩書房)他、漫画『すーちゃん』(幻冬舎)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)、『マリコ、うまくいくよ』(新潮社)、『ミウラさんの友達』(マガジンハウス)、『泣き虫チエ子さん』(集英社)、『お茶の時間』(講談社)、『こはる日記』(KADOKAWA)ほか、絵本『はやくはやくっていわないで』(ミシマ社、絵・平澤一平)などがある。
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