「なぜ多くの女性は、これほどまでに偽りの姿で生きているのだろう。」
本書『私の顔は誰も知らない』(人々舎)は、女性の「個」に迫り、ポートレートを撮影してきた写真家・インベカヲリ★さんの初エッセイ&インタビュー集。
女性たちへのインタビューとインべさんの語りを通して、多くの女性が偽りの姿で生きざるを得ない歪な社会構造を炙り出し、女性の、人間の幸福とは何かを考える。
「抑圧、世間体、感情労働、そしてジェンダーとフェミニズム。うまく社会適応しているように見えるけれど、本当はしていないし、するつもりもない。たぶん理解されないから言わないだけ。そんな私たちの肖像(ポートレート)。」
「この本に出てくる女性たちは、どんな服装が多いですか?」。打ち合わせの席でブックデザイナーから聞かれ、インベさんはこう答えた。
「普通です。そのときどきで流行っている、女性らしい服。『これを着ておけば普通の人に見られる』とわかっていて、選んでいる人が多いです」
そんな言葉がスラスラ出てくる自分に驚いたという。実際に何人かの女性たちから聞いた台詞であり、過去の自身のことでもあるが、あらためて言葉にすると滑稽だった。「どうして私たちはこうも、"普通の人に見られる"ことを意識してしまうのだろう」――。
ここで、表紙をじっくり見てほしい。その答えにインスピレーションを得たブックデザイナーは、「一見、まっとうなのに、よく見るとズレたり傾いたり予想外の姿を見せる」ブックデザインを考えた。これこそが本書のテーマだった。
「『私の顔は誰も知らない』とは、社会に適応することを最優先するあまり、本来のパーソナリティが完全に隠れてしまったかつての私であり、似たような経験を持つ、多くの女性たちを表した言葉だ。(中略)学校教育では異端が排除され、社会に出れば、ルールに適応することを求められる。外から入ってくる価値観に振り回され、偽りの自分でしか生きることができなくなってしまう。自分の発言を黙殺し、まったく違う人間を演じることが当たり前になってしまうのだ」
本書のテーマは「擬態」。これは「他のもののようすや姿に似せること」「動物が、攻撃や自衛などのため、体の色・形などを周囲の物や動植物に似せること」(「デジタル大辞泉」より)。
インベさんは、一般の女性を被写体にポートレートを撮影している。ほかの写真家との違いは、撮影前に被写体の女性から時間をかけて話を聞き(「3時間くらいはすぐに経つ」という)、相手を知ることに比重を置いているところ。そこから写真のイメージを膨らませていく。
ほとんどの女性は長い時間をかけて自分の話をする経験がなく、初めて人に打ち明ける話が出てきたり、喋りながら自分の本音に気づいたりすることも。そんな過程を経て撮影に入るため、写真に写る姿は普段の姿と違う。つまり、「写真のなかで表現したい自分」と「日常生活で見せている自分」が違うのだという。
「この社会には、かつての私と同じように擬態して生きている女性があまりにも多い。『他人には理解されないだろう』と考えて、誰にも話していないことを持っている。しかもそれは、普段は自己主張が少なかったり、まっとうに生きてるように見えている女性ほど、内面との落差が凄まじい。多くの女性は、社会に適応して他人とコミュニケーションをとるために、いかにもその辺にいそうな人間に擬態していたのだ」
「普通」に異を唱えて「自分らしさ」を大事にする風潮になってきたように感じる。それでも、「普通」であろうとする人はまだまだ多いのだろう。自分が「普通」を「擬態」して生きていることに気づいていない可能性もあるが。本当の「私の顔」ってどんなだっけ、と思わず考えてしまう1冊。
本書は、2019年5月から2020年8月にかけて、誠文堂新光社のWEBマガジン「よみもの.com」およびnoteで連載された「生きるということは、延々繰り返される消費活動なのか」を大幅に加筆、改稿したもの。
■インベカヲリ★さんプロフィール
1980年、東京都生まれ。写真家。短大卒業後、独学で写真を始める。編集プロダクション、映像制作会社勤務等を経て2006年よりフリーとして活動。13年に出版の写真集『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎)で第39回木村伊兵衛写真賞最終候補に。18年第43回伊奈信男賞を受賞、19年日本写真協会新人賞受賞。写真集に、『理想の猫じゃない』(赤々舎、2018)、『ふあふあの隙間』(123のシリーズ、赤々舎、2018)がある。ノンフィクションライターとしても活動しており、「新潮45」に事件ルポなどを寄稿してきた。著書に『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(KADOKAWA、2021)がある。本書は初のエッセイ。
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