『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)の著者で、産婦人科医の高尾美穂先生。前回のインタビューでは、女性ホルモンの働きと更年期に起こる不調などについてお話しいただきました。更年期のあとには、不調から解放され、女性へのご褒美ともいえる安定した時が訪れる、だから更年期を前向きに乗り越えようと言う高尾先生。そのためにどんなことに気をつけたらいいのか、更年期障害が出た場合にはどうしたらよいのか、具体的に伺いました。
――晩婚、非婚、不妊治療や高齢出産など、女性のライフスタイルの多様化で、更年期の症状などに変化はありますか?
高尾 卵巣の機能自体は、この200年で2年も伸びていないとされています。不妊治療などによる影響も、今のところデータとしては見られていません。あと100年経ったら、何か結果が出てくるかもしれませんが、現状は、大きな変化は起きていません。
女性のライフスタイルが多様化したのは、考えてみれば、女性が望んだことではないんですよね。人口減少に伴い、生産年齢人口(15~64歳)も減ったことから、国を挙げて女性の労働力率を上げようという目標が立った。その結果、今はどの年代においても8割くらいの女性が仕事に就くようになったのに、女性のライフサイクルへの理解はなかなか進んでいません。私たちも喜んで働いていますけれど、それは社会が望んだことでもある。大変な思いをしているのは、働く女子なんだよねと気づいてほしい。
1日は24時間しかない。それだけは、誰にとっても本当の意味で平等なものです。その中で仕事をして、子育てや家事、親の介護もする、自分の健康のことも振り返らなくちゃという更年期は、思っている以上に大変なことです。このことに、女性自身もあまり気がついていない。「できちゃう」と思っちゃうから。女性は40代に入ったら、自分の健康のことに重点を置いてもいい年代だよ、っていうことを伝えたいんです。
そして、社会はもっと更年期の女性の大変さを知ってほしいと思っています。
――女性は、自分が頑張ればいいと無理をしがちです。
高尾 更年期の女性に最初に考えてほしいのが、生活習慣の見直しですね。バランスの良い食事、睡眠時間をしっかりとること、そして、運動習慣を持って更年期に入ることができれば、よく眠れることにつながるし、運動自体がメンタルの改善や、更年期症状と呼ばれる汗、ほてりといった自律神経の乱れからくる症状を改善することもわかっています。ただ、仕事に子育てにと忙しい世代には、「遠い未来の目標」になりがちです。
でも、そこに重点を置くと、自分の調子をよく保てることを知ってほしい。それは自分の周りにいる人にとっての幸せにもつながります。特に、思春期のお子さんがいるご家庭では、衝突が起きることも。お母さんは家庭でも「コアタイム」を作って、それ以外の時間は家族に自分のことは自分でしてもらう。さらに、お父さんがお母さんのやっていることを1つでもしてくれたら、お母さんは元気に過ごせる。すると、家族みんなが幸せになる。そんな状態が作れたら、小さなコミュニティの集まりが社会ですから、社会全体が女性にやさしくなり、女性が生き生きとしてくる。そういった社会ならば、女性は単なる働き手ではなく、得意な分野を生かして能力を発揮できるのではないかと強く思っています。
――睡眠時間、確かに足りていない人は多いと思います。
高尾 自己実現に向かって頑張る女性が多いけど、そのためには、睡眠欲や食欲といった人間の基本的な欲求を満たすことが先決です。忙しい毎日を送る女性は、そこが満たされていないことからくる不調も多い。それを、ざっくり「更年期」という言葉でまとめがちです。自分の不調に気づくのはすごく大事ですが、「不調の原因は身の回りにもあるかも?」と振り返ってみませんか。
生活習慣の改善に取り組んでみて、そのうえで不調が続くようなら、婦人科を受診することをおすすめします。
――症状を的確に伝えられるように、「上手な婦人科のかかり方」を教えていただけますか?
高尾 健康診断の結果は必ず持って行きましょう。HRT(ホルモン補充療法)を希望する場合も、ベースとなる健康診断が必要になってきます。持病や病歴、婦人科検診の結果、骨密度、コレステロール値、血圧、血糖値などをチェックしてからじゃないと始めらないからです。自分の体の状態をちゃんと見てもらうことはとても大事です。同じホルモン治療でも、ピルとの大きな違いはそこです。ピルは、体重、身長、血圧さえ測れば処方できる薬です。HRTは年齢の高い人への治療になるため、血栓症などのリスクもありますから、健診結果を持って行くことは大事です。
ほかに、困っていることを箇条書きにしていくといいですよ。その中で、優先順位をつけておくのです。実際、診察の時は、みなさん、いっぱい伝えてくれます。それを聞いて、医師の私が最後に聞くのは、「この中でどれが一番困ってる?」です。その答えがいちばんのメルクマールになります。どんな治療がいいかの判断ができますから。
メモは、紙で持っていきましょう。健康診断の結果と合わせて、そのメモを渡してくれるといいですね。そんな方法で婦人科を受診すると、いいかかりつけ医がみつかるでしょう。更年期からは、女性ホルモンのことがわかる婦人科にかかりつけ医を持つことがいちばんです。
――ご著書に、HRTはホットフラッシュや骨粗しょう症予防などのほか、美肌や薄毛改善の効果も期待できるとありました。誰でも治療を受けられるのでしょうか。
高尾 更年期の女性なら保険適用で受けられます。補充するホルモンは、低い量ですが、例えばホットフラッシュなどの症状は2カ月くらいで収まることが多いです。HRTの方法は、服薬、経皮吸収するパッチ、ジェルなど、患者さんのライフスタイルや体質で選ぶことができます。これまでのようにホルモンの恩恵を、少なくなるとはいえ受けられるのですから、アンチエイジング効果もありますしね。まずは医師に相談してみるといいでしょう。HRT治療を受けるためには、定期的に検診を受ける必要がありますから、自分の体を見直すよい機会にもなりますよ。
――閉経後は、女性も生活習慣病になりやすいんですね。
高尾 男性の場合は女性ホルモンの恩恵を受けられないので、20代、30代、40代と生活習慣病が確実に増えます。一方、女性は40年間、ある意味守られています。ところが、閉経を迎える50代になると、どんどん生活習慣病が増えてきて、70代になると男性を追い越していくんです。閉経以降は私たちの生活習慣が「もろバレ」になる時期です。女性ホルモンが知らないうちに守ってくれていたことを理解したら、生活習慣を見直したり、できることを探すことができます。手詰まりにはならない時代なんですよ。
1990年代に更年期障害への治療方法がだいたい確立し、今は治療リスクも下げられるようになってきました。だから私たち医師も、安心してHRTもおすすめできるわけです。治療法はあるのに、あれも怖いこれも怖いじゃなくって、前向きにトライしてみようという気持ちを持ちましょう。
――閉経すると、女性でなくなってしまうような、不安感があります。
高尾 そう言う方も多いけれど、今まで生理のたびにたいへんな思いをしていたのが、楽になると考えたら、そんなに悲しむ必要もないんじゃないかな。女性ホルモンに揺さぶられることがなくなって、穏やかに過ごせるのですから。
更年期への対処法で、もうひとつ大事なのが心の在り方です。どれだけ自分自身の人生を楽しく過ごしていくかということは、その人次第だと私は考えています。心の問題は、まだ全然解決できなくて、治療法が確立していない。それに比べて簡単に解決できるのが体の問題なんです。体の不調は理由もわかっていて、治療法も確立していてるから、まずは体の不調を治すことから始めてみては。体調が整えば、心にも良い影響が出てくると思います。
――栄養・睡眠・運動を見直して、自分の生活に上手に取り込んでいったら、心も元気になれるのかもしれませんね。
高尾 人生の後半は下り坂です。筋肉量、骨量、認知能力、記憶力が落ちていきます。 だから昨日できたことが今日もできたら、すごいことなんです。
例えば、ヨガの太陽のポーズを毎日やっていれば、昨日と今日の自分を確認できます。ちょっとした体の変化も感じとれる。昨日の私と今日の私は同じ、これは横ばいの状態だけど、40代以降は進化なわけです。昨日できないことが今日はできる、って発見もあれば素晴らしい!となりますよね。
朝、十分に睡眠をとって起きてください。しっかり栄養をとり、ヨガでもウォーキングでも運動をしましょう。睡眠と栄養のこと、更年期に弱る骨盤底筋を鍛える簡単ヨガも、しっかり本にまとめてあります。■高尾美穂さんプロフィール
今、私たちがしている選択。何を食べるのか、誰と過ごすのか、何を大切にするのか、どんな生活習慣を持つのかがアフター更年期を作っていきます。頑張ってきた女性たちへのご褒美の時期を、健やかに過ごしていきましょう。
産婦人科専門医。女性のための統合ヘルスクリニック イーク表参道副院長。医学博士。スポーツドクター。ヨガドクター。東京慈恵会医科大学大学院修了。同大学附属病院産婦人科助教をへて2013年より現職。「すべての女性によりよい未来を」をモットーに、医療・ヨガ・スポーツの3つの活動を通じ、専門的な知識をわかりやすく伝える啓発活動に精力的に取り組む。高いプロ意識とソフトで親しみやすいキャラクターが大人気。イベントやセミナー、メディア出演多数。著書に『超かんたんヨガで若返りが止まらない!』(世界文化社)がある。YouTube「高尾美穂からのリアルボイス」を毎日更新し、女性の健康のみならず、よりよく生きるためのヒントを届けている。
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