「妻は学びの宝庫!? 妻が悪いから哲学に走ったのか、哲学に走ったから妻が悪くなったのか?」――。
土屋賢二さんの著書『妻から哲学――ツチヤのオールタイム・ベスト』(文藝春秋)は、24年にわたる「週刊文春」の人気連載「ツチヤの口車」から選りすぐった"抱腹絶倒"のエッセイ集。
はじめに、「『選りすぐるなら他の作家の作品から選りすぐれ』と思う人もいるだろうが、もっともな意見である」と書いている。
なにもそこまで......と思ったところで、「だがもっともな意見はしばしば薄っぺらである」と続く。なぜなら、そういう本ならすでに出ているか、いずれは出るに決まっているから。
「本書は違う。(中略)だれも作るはずがない。まぎれもない失敗企画である。本書の価値はそこにある。(中略)二度と世に出ない奇跡の本なのだ。出版社が企画の誤りに気づいて回収する前がチャンスだ」
土屋さんは連載を依頼されたとき、「書くことが三回分しかない」「文章に自信がない」から引き受けたら迷惑をかけると思い、1度は断った。しかし、断ることこそ迷惑になると思い直し、引き受けた。
すると恐れていた通り、3回でネタ切れに。そこでいきおい、妻の登場回数が増えていったという。
「ソクラテスと悪妻の話は有名だが、哲学者と結婚には一定の関係がある。(中略)わたしの考えはむしろ、『結婚によって悩むことを知った』『不幸な結婚は哲学者を作る』というものだ」
当の妻については「勘違いしてほしくないが、妻はけっして悪人ではない。(中略)ふつうと変わっている点は二点しかない」と書いている。
それは......(1)相手が何を求めているのかをおしはかる気持ちが欠落している点、(2)「自分に落ち度はない」が不可疑の大前提になっている点。
「したがって妻が納得いかない事態に直面したときに下す結論は、『責任は他人にある』となるほかない。そこに運悪くいるのがわたしである」
連載「ツチヤの口車」は、現在1200回を迎えたところだという。本書は恐妻家らしいテーマから哲学者らしいテーマまで、84のエッセイを収録。
■目次
1 妻に至る病
規格外の妻の言動に右往左往する日々!
2 女の精神
女は手強い! 大学の助手、同僚、自称カトリーヌ、魔の二歳児......今日もまた土屋教授はやられっぱなし
3 ツチヤの弁明
"挫折の伝道師"による絶品「言い訳」芸!
4 幸福論序説
結婚の勧めから老化の喜びまで、土屋流幸福論
5 ツチヤ師、かく語りき
聖人ツチヤ師が語る洞察に満ちたお言葉
たとえば「なぜ結婚すべきか」では、「結婚しない人が増えているというが、嘆かわしいことだ」と書いている。「お前に嘆く資格はない。(中略)妻の悪口ばかり書いているではないか」と反論されるかもしれない、とも。
「だが、わたしが書いているのは妻の悪口ではない。わたしがしているのは告発である」
妻を告発しながら、なぜ結婚を勧めるのか。
「結婚しないと人生の半分しか味わえない。重要なこと(苦悩、絶望、閉塞感など)を知ることができず、人間性についても、人間がいかに傲慢になりうるか、どこまで愚かになりうるかを何も知らないまま一生を終える可能性がある」
どこまでも逆説的である。
「教養の教え方」では、人生で学ぶ教訓は「真面目にやれ」というものだが、「わたしが大学で学んだのは逆だった」と書いている。
たとえば、ある先生はラテン語の詩を原語で朗々と読み上げ、感嘆し、説明を一切しないまま朗読を続けた。また、ある先生は哲学書の誤訳を指摘されたが、「そんなことはどっちでもいいことだけど」とつぶやいた。
「いま自分がもっている価値観が多くの中の一つにすぎないと思えるようになった。そしてどんなに真剣になっても『これは大したことではない』とどこかで考えるようになった」
ものの見方がどれだけ幅広いか、自由か、多様な状況に対応できるか、自分を相対化できるか。それを決めるのが「教養」ではないか、と土屋さんは考える。
その「教養」を大学で教えたが、「学生には、わたしが『大したことのない』人間だと思われただけだった。ここに大学教育の難しさがある」と結んでいる。
「お前が書いているようなヒドい女がいるはずがない。どうせ脚色してるんだろう」と言われることもあるという、ネタの数々。痛々しさと笑いが交互にやってきてハマった。
ひと言でまとめると「哲学者による、どこまでが冗談かつかめないエッセイ」となるだろうか。長寿連載になるのも納得である。
■土屋賢二さんプロフィール
1944年岡山県生まれ。神戸市在住。東京大学文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学。お茶の水女子大学名誉教授。専攻はギリシア哲学、分析哲学。哲学研究の傍ら『ツチヤの貧格』『妻と罰』など、ユーモアとアイロニーあふれるエッセイが話題を呼ぶ。1997年新年号より続く、「週刊文春」の長寿連載「ツチヤの口車」は国民的に親しまれている。最新刊は『不要不急の男』。
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