2010年以降、引き続き盛りあがりを見せているアイドル業界。
さまざまな運営者が参入したことでマネジメントが機能せず、契約書や給料の悩みや、ファンとのトラブルをひとりで抱えているアイドルも多いという。
そんな状況を打破するべく、地下アイドルが遭いやすいトラブルと対処法をまとめた『地下アイドルの法律相談』(日本加除出版)が刊行された。
BOOKウォッチ編集部では、本書の執筆を担当した深井剛志さん、姫乃たまさんに、今の地下アイドルたちを悩ませている問題や、解決するための術について聞いた。
姫乃 この本を出すにあたって地下アイドルたちと関わる機会も増えたのですが、想像以上に契約書を交わさずに働いている実態を目の当たりにしました。
―― 「契約書」を交わさないと後々トラブルにも繋がりますね。アイドルの子たちは納得しているのでしょうか。
姫乃 アイドルを目指している女の子はまず、ステージに立てることに舞い上がってしまうので、多少ひっかかることがあっても、「それでも良いから(アイドルとして)活動したい!」という気持ちが強いんです。
あと、理不尽な状況を強いられてもファンの楽しそうな姿を見ると元気が出るので無理をし続けてしまったり......。
こういった「やりがい搾取」は契約書の有無に限らず、お給料の内訳がブラックボックス化するなど、活動を続ける上であらゆるところに蔓延っています。
―― 本書を執筆し、数々の地下アイドルから相談を受けている深井さんにもお話を伺いたいです。アイドルの労働問題について深く関わることになったのは、いつ頃でしょうか。
深井 もともと、労働問題の案件を多く取り扱っていましたが、「農業アイドル」として愛媛県を中心に活動していた「愛の葉Girls」の大本萌景さんが自死する事件(※)をきっかけにより深く考えるようになりました。
この本の書籍化も、これについて文春オンラインで寄稿した記事を読んだ担当編集の大野さんから「本として出したい」という手紙をいただいて、お会いしたことがきっかけです。
(※)学業との両立ができなかったため、アイドルを辞めるという決断をしたときに損害賠償を請求され、自死まで追い込まれてしまったのではないかと推測されている事件
―― 深井さんが担当する案件は、どのような内容なのでしょうか。
深井 いちばん多いのは、脱退時に運営から損害賠償を請求されるケースです。
辞めるにあたり、事務所が負担する経費を全部要求されたり、辞めなければ稼げたであろう、将来の売り上げ相当分として200万円も請求された例がありました。
―― きちんとした契約書を結んでいたら、トラブルにならなかった?
深井 そうですね。契約書を結ぶ段階でお金の話、お休みの話、脱退時の手続きについて話し合うので、防ぐことができたかなと。
契約書を結んでいなかったことがきっかけで、事務所側が負担するはずの衣装代や交通費を脱退時にまとめて請求された例もあります。
手切れ金の意味合いも込めて10万ほど払ってしまったことをきっかけに要求がエスカレートして、追加で数十万の請求がきた例もあるのです......。
姫乃 私たちから見ると完全に言いがかりですが、10代、20代そこそこの女の子が大人に言われたら「そういうものなのかも......」と思ってしまうんですよね。
―― 運営側との損害賠償トラブルが多いのですね。
姫乃 恋愛感情を持ったファンの方に暴走行為をされるケースもあると思います。 「対 会社の同僚」に置き換えたら犯罪になることも、「対 ファン」になると判断がつかなくなってしまったり。そこが、「アイドル対ファン」の面白いところでもありつつ、問題になりやすいところでもあります。
深井 僕もファンを相手にした案件を2件ほど担当しました。事務所を辞めた後、ファンがストーカー化したケースですが、かなり付きまとわれてから相談しにきたので、「もっと早い段階から相談しにきてくれたら」と思いましたね。
姫乃 アイドルはイメージ商売でもあるので、「変なイメージがついてしまったらどうしよう」と考えた結果、誰にも相談できないことも多いと思います。そもそも、弁護士に相談しにいくこと自体、敷居が高いというか......。
―― 現状、「ヤバいかも」という状況で、相談できるようなセーフティーネットが体系化されていないのですね。
姫乃 私の知る限りでは、吉田豪さんへTwitterのDMで相談する子が多いんじゃないかな。(吉田)豪さんが窓口になって、本当にヤバそうな子は深井先生に話が行くような流れだと思います。
深井 僕が受けた案件の多くは(吉田)豪さんの紹介ですね。
姫乃 むしろ、こういった悩みを相談できるのは、(吉田)豪さん以外いなそう。信頼できる同業者(地下アイドル)がいればいいですが、友達に「ファンがしつこくて」と相談したら自慢だと思われるじゃないですか。
深井 姫乃さんのおっしゃる通り、弁護士への相談は精神的なハードルが高いようですね。
相談に来た子には、「こんなことを相談して良いのか分からなかった」と言われることが多かったです。「ヤバいかも」と思った段階で相談してもらえていたら解決できていた案件もあったので、この本をきっかけに、あらゆるケースや相談先を知って武器として持っておいてもらいたいと思っています。
―― 「弁護士」と一口に言っても沢山いますよね。自分で探すとしたら、どのような基準で探したら良いのでしょうか。
深井 「芸能に強い」と謳っている弁護士事務所もいいですが、「労働に強い」と謳っている弁護士事務所もおすすめです。
前者は、芸能事務所側の案件を多く扱っていたり、知財系を多く取り扱っていることで「芸能に強い」としているケースが多いので、アイドルが頼むときにはミスマッチになってしまうかもしれません。
後者の方は、メンタル面でも寄り添ってくれるところが多く、労働法の応用で解決できることも多いので心強いと思います。
―― 実際のところ、いきなり弁護士へ相談しづらいアイドルの子も多いと思います。
深井 この本は、地下アイドルが遭いやすいトラブルと対処法をまとめた内容ですが、付録に「困った時の相談先」を一覧にして明記しています。そこには、各都道府県に設置されていて、すべての弁護士が所属している「弁護士会 法律相談センター」や、法テラスと呼ばれる「日本司法支援センター」などを載せています。
まず最初に相談する先としては、だいぶハードルが下がるのでオススメです。
―― 弁護士への法律相談費用や依頼料を立替払いしてくれる「法テラス」は、金銭面で余裕のなさそうな地下アイドルの子にとって役立ちそうですね。
深井 私に相談してくれた案件の中でも「法テラス」を活用できるものもあると思います。金銭面で余裕がなくても、まず相談して欲しいですね。
姫乃 私は深井先生と知り合うことができたので、とても心強いですが、なにかあった時のために相談できる場所を作っておくことは、今後の自分の身を守るためにも必要なことだと思います。 この本を通して、いろんなケースや相談先を知ってもらいたいと思っています。
※第2回「たくさんのアイドルの武器になるように/深井剛志&姫乃たまインタビュー(2)」につづく。
深井剛志(ふかい つよし)
弁護士(東京弁護士会)。「困っている人、弱い立場にいる人の力になりたい」という想いから、弁護士を志す。「何よりも依頼者のことを考えた事件処理をすること」をモットーに、労働問題に強い旬報法律事務所で活躍。これまでにも地下アイドルの契約を巡る事件を数多く担当。また、地下アイドル関連の事件についての記事の執筆やラジオ出演等のメディア露出により、地下アイドル当事者から直接相談が舞い込むようになり、地下アイドル業界の問題に最も詳しい弁護士の一人となっている。
姫乃たま(ひめの たま)
1993年2月12日、東京都生まれ。16歳よりフリーランスで始めた地下アイドル活動を経由して、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業を営んでいる。音楽ユニット・僕とジョルジュでは、作詞と歌唱を手掛けており、主な音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』等々、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新書)、『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー)がある。
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