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「教育虐待」された文筆家が「毒親」を告発!

毒親と絶縁する

 いわゆる「毒親」に関する本は何冊も紹介してきた。しかし、本書『毒親と絶縁する』(集英社新書)ほど、生々しく子どもが親を告発した本はないだろう。文筆家の古谷経衡(つねひら)さんの新刊だ。「教育虐待」という新しい切り口から「毒親」問題に切り込んでいる。

読みどころは3点

 はじめに本書の読みどころを3点挙げておく。1つ目は父親の学歴コンプレックスから国立大学への進学を小さい頃から強要される「教育虐待」を受け、パニック障害になった経緯。一時は収まったかに見えたが再発し、長く著者は苦しんできた。

 2つ目は学力不足とパニック障害で国立大学への進学が出来ず、私立大学に入学した著者の受験術。同じような重圧に苦しんでいる高校生の参考になるかもしれない。

 3つ目は、保守論壇の期待の新人としてデビューした著者が「本来の保守主義」に回帰し、ネット右翼などと決別した理由。物書きとしてここまで路線変更を率直に書いた文章は貴重である。

北海道大学への進学を強要した父

 まずは「教育虐待」から始めよう。古谷さんは1982年札幌市生まれ。研究職の公務員だった父親、専業主婦の母親の長男として育てられた。父は国立の帯広畜産大学から公立の札幌医科大学の修士・博士課程を修了した。学歴エリートのように思えるが、北海道大学の卒業生が閥を形成する職場(北海道の官公庁、大手企業ではよくあることだが)では少数派で、強烈な学歴コンプレックスを持っていたという。

 古谷さんが幼稚園の頃から北大に進学するよう公言し、札幌の名門進学校の一つ、札幌西高の学区にマンションを購入した(当時、札幌の公立高校の学区は狭かった)。札幌西高→北大が家庭の規定路線であり、それ以外は認めようとしなかった。

 歴史オタクの古谷さんは受験勉強には熱心でなかったため、内申レベルはDランク。札幌西高を受験すること自体が不可能だと分かると、両親は猛烈に怒り狂った。

 「父親は『ゴミ』『クズ』『低能』と私を面罵して、『これまで我々がお前にかけた費用(塾代、生活費、飲食費、小遣いなどもろもろ)を返せ!』と怒鳴り散らす」

 母親は古谷さんをベッドに押さえつけて左耳を強く殴打したため、左の鼓膜が破裂し、以後十数年、左の耳の奥に違和感が残る後遺症が残った。

母親によるネグレクトと虐待

 中堅の公立高校に入ったが、北大進学が難しいと分かると、父親は暴力をふるい、母親は成績不振を毎日糾弾し、自身の難病は古谷さんのせいだと宗教的呪いの言葉を浴びせた。

 さらに母親は弁当にわざとゴミを入れたり、シャワーを浴びているとガスの元栓を占め冷水を浴びせさせたり、ネグレクトと虐待を続けた。時には性的虐待も受けたそうだ。

 こういったことが積み重なり、16歳の時にパニック障害を発症した。不意に襲う平衡感覚の麻痺、窒息感とそれに伴う過呼吸、発汗、動悸、根拠のない無限大の恐怖感などだ。

センター試験のない私立大学めざす

 「広く逃げ場の無い空間」「衆目から監視される場所」および「静寂が支配する緊張した空間」でしばしば発症した。これらすべてが当てはまるのがセンター試験会場だ。このため、センター試験が必須の国公立大学へ進むことは絶望的になった。

 古谷さんは一計を案じ、センター試験が課せられない私立大学への推薦入試に的を絞った。苦手な理科、数学は捨てた。英語を除くと国語、社会は得意だったので、なんとか高校三年時には推薦基準を満たし、立命館大学文学部史学科(日本史コース)に合格した。

 「すでに高校三年段階で日本史、特に日本近世史における基礎的素養は、最低でも学部ゼミレベルに到達していると自負できるだけの読書量があった」

 一冊100円で買った古本の講談社現代新書や中公新書、図書館から借りた修士レベルの準専門書を読み漁ったという現実的な裏付けと自信があった。面接試験は楽勝。小論文は歴史知識で可能な限り埋め尽くされ、精密な注釈をつける余裕すらあった。その後文筆家になる素養は高校時代からあったのだ。

 苦手科目をばっさり斬り、得意科目に集中して私立大学の推薦入学をめざすという受験術は、親にプレッシャーをかけられている受験生の参考になるだろう。

 古谷さんはこう書いている。

 「この書は、私が実の両親への恨み節を赤裸々に書くものではない。『教育虐待』という、子供に対して『教育』(実際には受験戦争での勝利という、ただそれだけの意味)という美辞麗句を用いれば、どんな加虐も正当化されるという、保護者の一部に存在する普遍的な闇を世間に知らしめるべく筆を執りたいと思った」

 親元を離れ、京都でいかに自我を回復し、自立していったのか、青年期の記述はちょっとしたビルドゥングスロマン(成長小説)を読む思いがした。

保守論客からの転向

 古谷さんは20代の頃、「反自虐史観、憲法改正推進=自衛隊の国軍化」の思想を持っていたため、保守雑誌で論壇デビュー、その後、YouTubeやニコニコ動画に右派的オピニオン動画(番組)を大量に投稿しだした某CS放送局で、27歳の時に冠番組を持つに至った。

 30歳の頃には、「若手保守論客」と保守界隈で認知され、9冊の単著を持つまでになった。ところが、2012年、CS放送の生番組中に、急な窒息感、呼吸困難の症状が立て続けに出た。大学入学以来鳴りをひそめていたパニック障害が再発したのだ。

 そうこうするうちに嫌韓・反中、反自虐史観、朝日新聞批判、自民党擁護などの同じネタを回転寿司のように提供する保守界隈の論壇に飽き飽きしたという。

 「それ以来、私の言論姿勢は金儲けのために保守を偽装している者や、そこに無批判に追従するネット右翼、デマやヘイトを垂れ流す自称保守論客たちに対する批判へと変わった」

 最近の著書のラインナップ、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などを見れば、そのスタンスが分かるだろう。

 猛烈に罵詈雑言や中傷を浴びたが、何の脅威でもストレスでもなかったという。そうした仕打ちは、古谷さんが「青春時代に受けた両親からの教育虐待に比べれば、一万分の一以下のノイズにしかすぎなかったからだ」。

親が付けた名前を改名

 その後、古谷さんは両親と対決し、絶縁する。その経緯もすさまじいものがある。「恨み節を赤裸々に書くものではない」としているが、かなりあけすけに書いている。

 なお「経衡」という名前は一貫して使ってきたペンネームを家庭裁判所の許可を得て本名にしたものだそうだ。親から付けられた名前を捨ててまで絶縁したのだ。

 BOOKウォッチでは、「毒親」関連で、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)、『「毒親」の正体』(新潮新書)、『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)、『きらいな母を看取れますか?』(主婦の友社)などを紹介済みだ。

  • 書名 毒親と絶縁する
  • 監修・編集・著者名古谷経衡 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2020年10月21日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・220ページ
  • ISBN9784087211412
 

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