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グルコサミンの効果は否定されていた!

すべての医療は「不確実」である

 新型コロナウイルスで不安な日々が続いている。理由の一つに、いまだに、効果的な治療法が見つかっていないことがあるのではないか。たまたま本書『すべての医療は「不確実」である』(NHK出版新書)を見つけた。それを言ったらおしまいよ、というようなタイトルではあるが、とりあえず手に取ってみた。

「臨床疫学」とは?

 著者の康永秀生さんは東京大学大学院医学系研究科教授。専門は臨床疫学・公衆衛生学・医療経済学。1994年、東京大学医学部卒業後、外科医として病院勤務ののち、専門を「臨床疫学」に替え、研究医になった。著書に『健康の経済学─医療費を節約するために知っておきたいこと』(中央経済社)、『できる! 臨床研究 最短攻略50の鉄則』(金原出版)などがある。本書は以下の構成。

 第一章 何が医療を進歩させているのか
 第二章 タバコ、タミフル、マンモグラフィ――世評と科学的根拠のズレ
 第三章 ビッグデータが明らかにする治療の真実
 第四章 「科学的根拠」のない治療
 第五章 デタラメ医療情報の見分け方
 第六章 「これさえ食べていれば」の罠
 第七章 無益な検査、有害な検査
 第八章 がんにはかかると覚悟せよ
 第九章 認知症は改善できるか?
 第十章 あなたはあと何年生きられるか

 なかなか興味深い目次が並ぶ。最初のあたりは「臨床疫学」という著者の専門分野についての説明が多い。「臨床疫学」とは、「医療の不確実性に挑む科学である・・・多くの患者たちの臨床データを集め、応用統計学を駆使して、より確実な医療とは何かを探索し続ける学問である」と定義している。

新型コロナでも応用?

 素人的には、えっ、そんなこと以前からやっていたんじゃないの?と思いがち。ところが著者によれば、「驚くことなかれ、二十世紀までの医療は、データに基づくというよりも、現場の医師の経験や勘に頼る部分が多かった」。

 臨床疫学の役割は、「大規模な患者データを分析し、医療における不確実な諸現象が起こる確率を求め、より正確な診断、より効率の高い治療を個々の患者が選択できるための根拠を提示すること」。

 ここまでの説明を読んで、多くの読者はピンとくることだろう。これは今回の新型コロナウイルスでも、応用されているはずだなと。WHOをはじめとする内外の専門家たちによる「判断」というものの根拠に、この臨床疫学が使われているはずだなと。実際のところ、2月の段階で、WHOや日本の感染症専門家は、「中国の情報はかなり公開されている」という趣旨の発言をしていたと記憶する。中国の臨床情報をもとに世界の専門家の間で「臨床疫学」的なアプローチが行われていたということではないかと推測した。(もちろん本書は1年以上前の刊行なので、新型コロナについての記述はない)。

 こうした医療のことを「科学的根拠に基づく医療」(evidence based medicine EBM)とも言うそうだ。アメリカで提唱され、EBMと名付けられたのが1990年だというから、まだ日が浅い。日本では康永さんらが呼びかけて2016年に日本臨床疫学会という専門学界が発足したばかり。医学の中で最もホットな領域の一つだという。

 たしかに「エビデンス」という用語は最近、医療関係の記事や本で頻発する。背景には、こうした事情があるということが理解できた。

「効果あり」と「効果なし」の違い

 ここまではいわば総論。このあと、一般読者の立場でも関心がある話が続く。「タミフルを飲むと異常行動を起こすのか」「マンモグラフィ検診の盲点」「脳梗塞後はどんな薬が効くのか」「かぜに抗菌薬はむしろ有害」「なぜ医師は効果のない治療をやるのか」「ビタミンCで風邪を予防できるか」「『トクホ』は要注意」「グルコサミンは効果なし」「『盲腸』診断は二割が誤診だった」「CTによる被曝量は胸部X線の百倍」「健診に『医師の診察』は不要」「『がん治療革命』などない」「効果不明の『先進医療』」「当たらない余命宣告」・・・。

 誰でもこの中の二つや三つは知りたいと思うのではないか。これまでにも言われているようなことが少なくないが、「臨床疫学」の成果を基にしているというのが本書の特徴だ。

 例えばグルコサミン。健康食品のほとんどがその効果について科学的に検証されたことがなく、臨床研究論文もない中で、例外的に複数の臨床研究論文が出ているのがグルコサミンだという。しかしながら結論としては、「グルコサミンを経口摂取しても、関節の痛みを軽減する効果はないし、関節疾患の予防効果もない」。健康食品会社が資金提供している論文では「効果あり」、スポンサーなしの論文では「効果なし」と結論が分かれていたが、2017年の厳密な論文で効果はほぼ否定されたという。

人体には説明のつかない個体差がある

 医療が確実ではないという話は、これまでもBOOKウォッチで紹介してきた。医師の山本健人さんによる『医者が教える 正しい病院のかかり方』(幻冬舎新書)では、検査には「偽陰性、偽陽性」という限界があると出ていた。例えばインフルエンザにかかっている患者を100人検査しても、初日の検査で陽性と判定できるのは61%だという。二日目になると92%まで上がる。逆に陰性の人を陽性と判定してしまうこともある。検査結果を他の身体症状と合わせて総合的に判断する必要がある。インフルエンザの場合は、それでも精度が高い検査なのだという。今回の新型コロナウイルスでも同じようなことが起きているに違いない。

 本書では「人間という生き物は、人間が想像する以上に複雑」「人体には、いくら医学が発展しても、説明のつかない個体差がある」「症状の出方も治療の効き方も千差万別」などと、医師の立場からみた「人体の不思議」や「悩ましさ」を訴えている。医療のリスクはなるべく避けるべきだが、ゼロ・リスクはありえない、どんな薬にも副作用がある、とも。そうした「医療の不確実性」を少しでも減らすために「臨床疫学」が注目されるようになったということだろう。これから医療の世界ではAIが進化することで、すばやいデータ分析が可能になり、ますます「臨床疫学」の重要性が高まるに違いない。

 ところで、本書の中で意を強くした部分があった。今回の新型ウイルスに関連して、評者は「瘴気=悪い空気」という古い言葉は、感染症のことを差しているのではないかと想像していたのだが、本書によれば17世紀のイギリスの医師シーデナムがすでにそのようなことを指摘していたそうだ。地球の内部から発生する有害な「ミアスマ(瘴気)」が人体に入り、天然痘や赤痢、ペストなどの流行病を起こすと考えていたのだという。

 医学の進歩で「瘴気」の正体が次々と捉えられ、天然痘のように撲滅に成功したものもある。新型コロナウイルスについても、「臨床疫学」が積み重ねられることで制圧に向けての画期的な研究成果が出てくることを期待したい。

 BOOKウォッチでは関連して、『がんを疑われたら最初に読む本 ――プライマリ・ケア医の立場から』(クロスメディア・パブリッシング)、『猛威をふるう「ウイルス・感染症」にどう立ち向かうのか』(ミネルヴァ書房)、『ウイルスは悪者か』(亜紀書房)、『知っておきたい感染症―― 21世紀型パンデミックに備える』 (ちくま新書)、『病が語る日本史』 (講談社学術文庫)、『世界史を変えた13の病』(原書房)なども紹介している。

 
  • 書名 すべての医療は「不確実」である
  • 監修・編集・著者名康永秀生 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2018年11月10日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784140885673
 

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